恋はどこからやって来る?/ 鬼滅の刃(短編・中編)
第46章 狐火の契約 / 🔥✳︎✳︎
七瀬は俺が狐火を消す為、呪文を唱えた事も覚えていないようだ。
予定通りに事が進んでいる。
それなのに自分の心の中は、引き返したい思いで充満していた。
しっかりしろ、父上にも言われたではないか。
『何があっても最後まで貫け』と……。
起き上がった彼女を一度ぎゅっと抱きしめて、頭頂部に口付けた。
そのまま手櫛で柔らかく細い髪をとく。上から下に向かってゆっくりゆっくりと。
それが終わると、七瀬の両頬をそっと包んで唇に口づけを落とした。
2度啄んだ後、桃色にほんのり染まった頬にも左右一回ずつ雨を降らす。
くすぐったそうに身を捩る恋人がとても愛おしい。
華奢な両肩を静かに布団に沈め、俺は彼女に跨る。自分を真っ直ぐとにこやかに見つめてくれる七瀬だ。
「君の事が好きだ。愛している」
「私もあなたが大好きだよ」
左頬を柔らかく包んで、一度撫でると気持ちよさそうに瞳を閉じる君。
「解放 ——— 」
本来の姿に戻り、妖力で本能を抑える。いつも当たり前のようにやっている行為がこんなに苦しいとは……。
君に出会わなければ、わからなかった感情だ。
七瀬がほうっと息をつく。
「どうした?」と聞けば「やっぱり綺麗だなあって思って」と照れながら返事をする彼女が本当にかわいい。
「房中・消炎(ぼうちゅう・しょうえん)」
「ん、あっ……」
恋人の双眸がとろん……と何処か白昼夢を見ているかのような眼差しになった。
これから俺は彼女と交わる。この行為により、七瀬の記憶並びに、妖狐の嫁の証を表すあんずの匂い等を全て消して行く。
恋人が俺の愛撫に可愛く反応してくれる度に、心がヒビが入るようだ。しかし、進めていかねばならない。
「杏寿郎さん」と何度も何度も名前を呼ばれた。
今夜が過ぎれば、二度とそれを耳にする事はないだろう。身を切られる思いを体に充満させ、俺は愛する七瀬を抱いた。
そして、俺達の契約は全て無かった事になった。
空にぽっかりと浮かぶ満月だけが、顛末を見守ってくれていた。