恋はどこからやって来る?/ 鬼滅の刃(短編・中編)
第44章 口は難し、筆は饒舌 / 🌊
「食べないのか?」
「えっ?」
皿に乗せられた半分の量を食べた所で、義勇はようやく口を開く。
『食べないって、どう言う事かな』
うーんと頭の中で逡巡していると、彼から「お前は食べないのか、と聞いている」と言葉が発せられた。
『あ、私の事を聞かれているのか』
ようやく脳内で合点がいった七瀬は「昨日食べた。朝食としても食べて来た」と彼に告げる。
「そうか」
すると彼の返答はこの3文字であった。
「………」
「………」
部屋に響くのは窓の外から聞こえる都会の喧騒と、互いの息遣いのみだ。
ゴクリ、とガラスコップに入っていた茶色い麦茶を最後まで飲み切るとようやく「ご馳走様でした」と義勇からの言葉が放たれた。
「……食事している間は会話が出来ないんだ」
「えっ、会話?」
「ああ。だから皆の話を聞いていて、いざ発言をするともう次の話題に移っている事が多い」
七瀬は再び驚いた。
話を聞いていないと思っていた彼の口から「話を聞いている」と言われた為だ。
と、同時に「気がつくといつも1人に」 —— この義勇が言った発言にもなんとなく納得がいった。
『なるほど。周りはこの”間”を待つ事が出来ないって事か』
「わかりました。お話して下さってありがとうございます」
七瀬もまた自分の目の前にある麦茶をゴクっと一口飲んだ。
いつもより美味しく感じられた瞬間だった。
★
「はい、これ。文庫版用の後書きです」
「おっ、上手くいったか」
翌日、七瀬は天元のデスク前に立っていた。デジタル化が進み、ここ轟出版でも原稿チェックはPC上での作業になっている事が多い。
しかし、彼はなるべく生の原稿が読みたいと作家自身の筆致を確認する事が時にある。それが今だ。