第32章 狐に嫁入り? ① / 🔥
「確かに俺達妖狐と契約を交わす時は、相手から対価としてそれ相応の物を頂く事が多い。しかし、今回は契約ではなく助けてもらっただけだ。だから、こちらから求めるものはないぞ?」
ん……。
杏寿郎さんはまた私の頭をよしよしと撫でてくれた。
「はぐれる前で良いか?君は迷子になどならなかった事になる」
「うん、ありがとう。よろしくお願いします。あの…また会える?」
どうしてこの時こんな事を私は聞いてしまったのだろう。
「では俺が君に再び会いに行こう。10年後の今日と同じ日。空に望月(もちづき)が上がった夜に」
ドキン、と胸が高鳴る。
望月?と聞き返すと、満月の事だ…と夜空に浮かんでいる綺麗な丸い月を指差して彼は言った。
「その時までに考えておいて貰えると嬉しい」
「…お嫁さんの件?」
「ああ」
「……」
10年後か……。答えは出るのだろうか?
「よし、ではその時にまた!息災でな、七瀬!」
彼が右手の人差し指と中指だけを立てると、何やら呪文のような物を唱え始めた。
「遡行(そこう ※1)」
その言葉を聞いた私は急にくらっと目眩がし、どこかの空間に飛ばされるような……そんな感覚を味わい、意識をブツッと無くした。
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※1……流れをさかのぼっていく事。