第71章 右手に陽光、左手に新月〜水柱ver.〜 / 🌊・🎴
「ごめんな、急にこんな事言って」
「う、うぅん。謝らないで」
炭治郎が先程七瀬の手に乗せた二枚の札は、依然として彼女の両手に乗ったままだ。
七瀬は二枚の札を自分の近くに静かに置き、四つの山へと手を伸ばした。
一枚、二枚とめくっていき、やがてある二枚の札を手に取った。
「はい、これ。さっきの…和歌に対しての返事と言うか…えっと私の今の気持ち」
「うん、ありがとう」
炭治郎に自分が選んだ一首を渡した七瀬の心臓は、速く鼓動を刻み始める。
彼女が選んだ歌とは ———
【陸奥(みちおく)のしのぶもぢずり 誰ゆゑ(え)に 乱れそめにし 我ならなくに】
「これ、十四番か?」
「うん、炭治郎が前好きなんだって教えてくれた和歌。なかなか激しい恋の歌だよね」
作者は河原左大臣(かわらのさだいじん)で、自分の心が乱れているのは一体誰のせいなのか。あなたのせいだ。そんな熱情がこの作品には込められている。
「知らなかった…そんな歌なんだ」
「うん、そうみたいだよ。私のね…心が好きって気持ちでたくさん溢れるのは、その…炭治郎と一緒に、いる時…」
七瀬の言葉は炭治郎のあたたかな口付けによって、やんわりと飲み込まれた。
若い二人らしく、ほんの軽く当たるだけの小さな小さな愛撫である。
「好きだよ、私も。炭治郎が好き」
「七瀬…」
笑顔になった炭治郎が恋人になったばかりの七瀬を前から抱きしめた。するとゆっくりと彼の背中に細い両手が回る。
「師範には秘密にしとこうか?」
「俺隠せる自信ないぞ」
「あ、でも興味ないよね。継子の恋愛事情なんて」
「いや…そうでもないんじゃ…ないかな」
「え? あの師範だよ?」
「(あの師範とは…?)」
仮眠から目覚めた義勇は七瀬と炭治郎が買ってきた団子を食べるべく、厨(くりや)に向かっていた。