第71章 右手に陽光、左手に新月〜水柱ver.〜 / 🌊・🎴
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「それではこれより決勝戦を始めます…難波津に咲くや この花 ——」
あまねがこの日最後の序歌を読み上げた。七瀬は決勝の場においても特に気負う事もなく、普段通りに見える義勇を見て緊張していた心が落ち着いた。
「逢ひ(い)見ての のちの心にくらぶれば 昔はものを思は(わ)ざるけり」
権中納言敦忠(ごんちゅうなごんあつただ)による男女の恋を歌った歌である。あなたに逢って愛し合った後の、苦しいこの胸の内。
これに比べたら昨日までの物思いなど、物の数ではなかった。
そんな回想をしながら歌われた一首である。
「(私…師範の事好き、なのかな。この歌に込められた気持ちが何となくわかる…)」
七瀬が義勇の継子になってからの事を思い出している内に、パシン!と札を弾く音が部屋に響いた。
「…」
札を取った水柱は初めの一枚を手にしても、やはり何ら表情や雰囲気は変わらない。
その後は杏寿郎が取り、その次は義勇が取る。それが数回繰り返され、義勇ばかりが取る—-と言った事はなく、白熱した試合展開を見せていく。
「これが最後の札です」
あまねの凛とした涼やかな声が発せられると、部屋の中が一層静かになる。
「(最後か…何の歌が読まれるんだろう…師範の好きな二十八番は確かまだだよね)」
七瀬の心は不思議と落ち着いている。義勇が終始変わらぬ様子を見せているからだ。
「今来む(ん)と 言ひ(い)しばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな」
素性法師(そせいほうし)によって詠まれた恋の歌だ。
あなたが今すぐ行くと言ってくれたので、私は今かな今かなと待ち続けた。とうとう九月の有明の月が出るのを待ち明かした。
要約すると、行くと言ったのに来ない相手を待ちぼうけしてしまった作品である。
「(師範が任務から帰って来たら、私と炭治郎がどこまで覚えたか気にしてくれたの嬉しかったな。いつ戻って来るのかそわそわしてたっけ)」