第1章 序章 女が剣を握る理由
その日の夜。
風呂を済ませた美玲のところへ孝太郎がやってきた。
先程もだが齢6つにしてこの道場の跡継ぎになりたいと言ってくれている。
「師範!剣術の事についてお話し願います!父にはここに来ることを言ってあります。」
「孝太郎……。わたしは嬉しいです。喜んでお話ししましょう。」
熱心な甥の真っ直ぐな瞳に頬を緩ませた美玲は、自分の部屋に孝太郎を招き入れた。
行灯に灯をともし、部屋に暖かい光が行き渡る。
「師範。実はですね!地元の剣術道場で、12歳の少年に勝ったのです!」
孝太郎は嬉々とした様子で美玲に報告した。
「それは素晴らしゅうございます!日頃の鍛錬の成果ですね!」
「はい!師範のお陰でございます!」
優しい夜の光に似合わぬくらいの大きな声に頼もしさを感じる。
「孝太郎。何故、あなたは健康に生まれ、そのような強い力を授かったと思いますか?」
「有栖川の侍になるためです!」
間髪入れずに孝太郎はそう答えた。
「そう思ていただけることは至極嬉しゅうございます。ですが、家のためにではなく己の志を果たすために、この家はあるのです。
もし、孝太郎の健全な信念、志を貫くにこの家が負担になるのなら、あなたはまた新たな道を切り開きなさい。
そして、先ほどの答えは、”自分の世界に住む人々を幸せにするため”です。」
家が全てではないということは孝太郎も父である幸伸からは教えられていた。
だが、孝太郎のまわりでも、家督を継ぐのは長男の務めと言われているし、それを大事にする家系が多い中、有栖川家の異質さは子どもながらに感じていた。
「人は志を見失い、己を見失うと地獄のような苦しみを味わうことになる。
そうなっては、”自分の存在する世界の人々を幸せにすること”は出来ません。
総代、景勝がその地獄のような苦しみを味わい、己を見つめなおし学んだことなのです。」
「師範の志を、信念を知りとうございます。」
「わたしが教える剣技、振る刀で、人々の平和な暮らしを守ることです。」