第1章 序章 女が剣を握る理由
「誰かに勝った、負けたは己の剣技の技量を知る上でとても重要なことでしょう。
しかし、その剣技は、決して競うためものではなく、志を同じくするものと共に人の幸せを作るものでなければなりません。
人が皆完璧になれないのは、志を同じくする者と補い助け合うためです。
それが、わたしの剣を握る理由であり、志であり、信念なのです。」
孝太郎は素直だ。目を輝かせながらうんうんと頷くように美玲の言葉を聞いていた。
「和を以て貴しとなす、和を多く持ち志高く生きよ……。
これは我ら武家の人間だけではなくこの世界に生を受けた者の一生の課題であります。
忘れなきよう、心に留めておくのです。」
「はい。私も、師範のように志高く己の道を貫いていく人生を送りとうございます!」
芯が強い幼子の瞳はまっすぐ己を見つめ、心に闘志を燃やしていた。
その様子を見て優しく目を細めた。
「己の信念を貫き、志を高く生きることは楽しい事でございます。
迷ったとき、わたしは哲学書、伝記を頼りにします。苦しいく辛い時は何かを見失っているときです。
生きていることで辛いことも苦しいことも悲しいことも全ては自分が幸せでいたいからこそ感じるのです。
”生きることは魂の娯楽”なのだと思えばこの世界は限りなく優しくて美しい。」
孝太郎は静かに美玲を見た。
その言葉は行燈の明かりのように優しく幼子の心を包んだ。
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○小話○『私』という字は実は戦後から使われています。戦前は「和を多くもち、志高く生きる」から『和多志』で『わたし』と使っていたそうです。"言葉狩り"というものが敗戦後あったみたいでいろんな字が変えられたりなくなったりしたそうな………。