第3章 月詠の天下り
昨日の夜、神隠しがあるといわれている町へ任務で赴く。
深夜頃だろうか、女の叫び声に気づいてそちらに駆けた。
目の前には私より少し上の年頃の男が横たわり、その先に鬼に食われんとする女の姿があった。
鬼の頸を切れば、女は腰を抜かしガタガタと震えていた。
怪我はないのだと女の方を見るのをやめ、視線を男の方に向けた。
何やら小さいかすれ声で、ボソボソと呟いていた。
「父上……母上……美玲……桜………咲枝……孝太郎……誠太郎………桜太郎………」
家族の名前であろう。
刀を握ったままその身は傷だらけだった。
「………言伝てがあるのなら聞く。伝えてやろう。私は鬼を狩ることを生業とする者だ。」
男の目はこちらを向いた。
その顔はなぜか清々しく、そしてどこか安堵した様子があった。
「……かたじけない。そなたの剣技は美しいな。あいつに見せてやりたい程だ……。某は………、藩の役職の人間……有栖川幸伸と申す…………。
己の才と生きる道を照らしくれた父に感謝します。
恩も返せず先立つ無礼をお許しください…。
そして皆、己の志を貫き胸を張って生きられよ
と……。」
私の何を知っていて、どのような境遇にあって、今どう生きているか知らぬ者に解るまい。
待て、有栖川と言えば藩のお抱えの………何故剣術が使えぬ……。
「妹は私と違ってとても器用で習い事も勉学も剣術も遊ぶかのように吸収して楽しんでいた。
それを疎ましく思わなかったのは父のお陰だ。
万物は不平等に思えど、それは何一つとして同じものを与えてないからだと。
好きなことを続けよと。
私は……父のように生きたいと思ったんだ。
子どもたちも素直に育った……。」
不快だった。
なぜ境遇が私と似ておるのにこうも幸せな顔をして、妹の才を手放しで許せるのかと。
でも、なぜか最後まで聞いてしまったのは、この男の言葉に引き付けられるものがあったからなのか、
死ぬ前の男だったからなのかは解らない。
「短かったが、最後は武人の息子らしく出来ただろうか」
男がうわ言のようにいう……。もう限界が近いのだろう。
「人を守って死ぬことが出来るのならば、侍冥利につきる。」