第3章 月詠の天下り
一瞬、美玲の周りにあるもの全ての時が止まった。
全身に何かが痺れ上がるように込み上げて
心臓の鼓動が煩い。
意図もしないのに頭のなかに走馬灯のように兄の姿や声が浮かび、見開かれた目から静かに涙が流れた。
「兄…上………。」
「我が……息子ながら………見事な最期だった……。」
震えながらも涙を堪え、家の長として景勝が言った。
その懐から遺品だと出されたのは幸伸が亡くなったことを示す髪のひと房。
「詳しく………お聞かせ…願えますか?」
美玲は歯を食い縛って涙を流しながらも、父の姿や思いに沿うように、跡継ぎとして毅然とした姿勢で尋ねた。
「夜道を帰る途中、鬼という生き物に……襲われていた…女を……助けようとして………死んだらしい。
幸伸が助けた女は………寸のところで、鬼狩り様が…助けてくださった。
だが、あと二体いたらしく、其奴は、まだ殺れていない……。」
景勝の口元がわなわなと震え出した。
静かに涙を押し殺して唸るように言った。
「美玲。咲枝殿には言うな!気を落とせば事が起きたとき守れるものも守れなくなる……!
普通に今まで通り振る舞え。
明海にも言うな……!」
静かにも悲しみで力む声が悲しく聞こえ、美玲はその気迫に息を飲んだ。
拳にいっそう力が入るのを感じた。
外で楽しそうな子どもの声が聞こえる。
二人には守らなければならないものがまだ多いのだ。
事態は終息していない。
まだ危険が大きく残っている以上、気落ちされた方がかえって危険だということはよくわかった。
美玲は唇を食い縛って父を見据え、大きく頷いた。
「他に数人の腕利きが殺されたと聞く。
そして何やら悪い予感がするのだ……。今宵は気を緩めるな……。」
声が低く静になり、涙を押し込めた景勝は日の差す方を見上げてそういった。
「はい。承知しました。」