第4章 初めてのキスはレモン味 伊黒小芭内
月城はまたせっせと編み始めるが、ふとその手が止まる。
「ねぇ、伊黒くん」
「ん?」
「この間の話、なんだけど…」
「この間?」
「飲みに行った帰りの…」
「…ああ、あれか」
確かあの時は忘れてくれと言ったが、話す気になったと言うことか。
一体どんな話なのか、実は少し気になっていたのだ。
「例えばの話ね、もし伊黒くんの彼女が香水には興味無かったのに急につけ始めたらどう思う?」
「それは……単純につけてみたくなったのかと思うが」
「じゃぁ、同じ頃に伊黒くんの男性の知り合いが同じ香水つけ始めたら、それはどう思う?」
「…たまたま被ったとか……いや待て、同じ頃と言ったな。……おい月城、これは…お前の話か?」
「……」
月城は黙ってフッと目を逸らした。
もしそうなのだとしたら、月城に置き換えて考えてみる。
月城の彼氏が香水をつけ始めた頃、知り合いの女も同じ香水をつけ始めた……オイ、まさか……
「瀬田くんと竹下さん……同じ香水の香りがするの」
俺は絶句した。
全く気が付かなかった。
まさか月城がそんな状況に置かれていた事に。
よく今まで普通に仕事を…気になって仕方なかっただろうに。
「彼氏には聞いたのか?」
「何も…2人が一緒にいる所見た事ないし、やたらと聞けなくて」
「そうか…」
「……」
お互い沈黙してしまった。
こういう時、なんと言ってやればいいのだろうか。
そんな男別れろとか?いや、月城に別れる気が無ければ逆に傷付けてしまう。
恋愛に関しては経験値の低い俺にはいい言葉が思い付かなかった。
「困るよねこんな話」
「いや、俺は構わない。何も出来なくてすまないが」
「ううん、いいの。聞いてくれるだけで。ありがとう」
そう言って月城は柔らかく微笑んだ。
俺は何も、お礼を言ってもらえるような事なんてしてやれてないのに。
何も出来ないのがもどかしかった。
何も気にしないで、俺のところに来いと言ってやれないのが悔しかった。
今の俺には何も出来ないのだろうか……
それからまた1週間が過ぎ、月城の彼氏のプレゼントのマフラーは完成してしまった。