【鬼滅の刃】after story【闇を照らして】
第1章 闇を照らして 祝言
結局、あの後二人が戻ってくることはなく、しのぶの鎹鴉がまた後日お会いしましょうと伝えに来ただけとなった。
(そりゃ、戻って来れないわよね。それにしても軽やかに去っていったのは見事だったなぁ)
二人が去った後、杏寿郎は特に追及してくることは無く月奈には普段通りの様子だった。しかし、発端はしのぶの発言だとしても居間でのあの態度は詳しく知らない杏寿郎からすると変だろう、と今更ながらに思う。
「次、話せる時間が出来たら詳しく話さないといけないのかしら」
あれから既に夜も更け杏寿郎は任務に出ていた。
説明した方が良いのかもしれない、けれど自らあの話題に触れるべきなのか苦悶中の月奈は深い溜息を吐くと、向かっていた文机に視線を落とす。そこには橙と朱の二色の紐が編まれている。
「とにかくこれを完成させよう!祝言までに間に合わせないと」
少しずつ、ひと編みひと編み願いを込めて編んでいく。
無事に任務を終えて帰って来られるように。
祝言が滞りなく終わった後、杏寿郎に渡したい。そう思い立って作り始めたものだった。
任務がある限り身の危険は付き纏う。それは鬼殺隊の隊士であれば当たり前の事としても、柱ならば一般隊士の盾となるという考えを持つ杏寿郎は最前線に立つことも多いだろう。
(きっと皆を守ろうとする、あの日みたいに)
思い出すのは自身が隠として任に就いた夜。誰もが想定しなかった上弦との対峙で、杏寿郎はたった一人で立ち向かい目を失う大怪我を負った。その怪我は治ることは無く今は眼帯により隠されているが、あの日目を潰され血を流しながら尚も戦った杏寿郎の姿は今でも忘れられない。
鬼殺隊を抜けた自分は、危険な任務に赴く杏寿郎に何が出来るだろうか。そう思い作り出した物だが、ただ待っているだけしかできない焦燥感を紛らわせたいだけなのかもしれない。
「二度とあんなことが無いように...」
人の想いが人を守る。
誰かから聞いたのか書物で読んだのか定かではないけれど、少しでも杏寿郎を守りたい、そんな気持ちを込めた物はきっと杏寿郎を守ってくれるだろう。
翌日も朝から蝶屋敷の仕事とは分かっていても、祝言までの時間は有限だ。ついつい夜更かしをしてしまう。
(でも杏寿郎様が戻る前には片付けて寝なきゃ...)