第9章 純黒の悪夢
「時間がない…もう行くよ…」
「どうしても行くの…?」
「奴らが動き出す前に工作員の行方を掴まないと…もしまだリークされていないとしたら、勝機はこっちにあるだろ?」
零はまだ諦めてない…なら、オレだって…
「護られてるだけじゃ嫌だ、零の力になりたい…!」
何かできることはないかと尋ねると、まったくコイツはと言うように溜め息をつき、肩に両手を置かれる
「叶音が無事でいることが、僕にとっての力なんだ。だから、準備をして、風見と連絡を取って欲しい」
本人が一番辛い思いをしているはずなのに、それでもオレを護ろうとする零の気持ち、受け止めなきゃダメだよね…
「準備をして、風見と連絡取ればいいんだね?」
「あぁ…」
準備をして、風見と連絡を取って、無事でいればいい…
「……わかった」
「ありがとう…」
もう一度強く抱きしめる零の震えがなくなっている気がした
オレが零の気持ちを受け止めれば、零は安心する…
だったら、きちんと見送らないといけないな…
「気をつけてね…」
「大丈夫、上手くやるさ…」
そう言いながら触れるだけのキスをして離れていく零の首に腕を回し、今度はオレから軽く口付ける
これ以上はお互い離れたくなくなってしまうからと、組織の仕事に行く前はいつもこうやって挨拶程度にしかしないことにしている
だから今回も、いつもと変わらず…
行ってくる、と離れていく温もりを追うこともできず、俯いて、目を閉じて、零をただ見送ることしかできない無力さに心が痛む
「叶音、いつもの笑顔、まだもらってないが?」
ドアを開けて振り返った零にいつものを求められ、腕でゴシゴシと涙を拭った
そして立ち上がって精一杯の笑顔で言う
「…行ってらっしゃい!」
「ありがとう…行ってきます!」
ニコッと笑って玄関を出て行く零が今回だけはスローモーションの様に映った
言われたありがとうは深い意味がありそうで、ドアが閉まるのと同時に膝が崩れる
もうここに零はいない
もしかしたら、この先も、ずっとずっと、そうなるかもしれないのに、オレは零を見送ってしまった
「零…」
どうか無事でいて欲しいと祈ることしかできないまま自分をぎゅっと抱きしめる
「れぇ…いかないで…」
やっと言えた一言が、本人に届くことはなかった