第8章 嘘の裏側/緋色シリーズ
「んぅ…っ」
わざとらしくリップ音を立てながら沖矢さんの唇が耳の後ろから少しずつ下がっていく
オレを押さえつける力とは真逆で優しく触れるその動きにゾクゾクと身体に電気が走るが、零の時とは全くの別物で、嫌だとか、怖いとか、拒絶の方が大きい
「ふはぁっ…やめっ、て…っ」
口を塞いでいた沖矢さんの手がするりと耳に滑り、ようやく大きく呼吸ができ、言葉を発することもできるようになった
しかし耳でやわやわと動く沖矢さんの手が増え、とにかくやめて欲しいという気持ちと、無意識に反応を示してしまう身体との間に矛盾が生まれ始める
「耳、弱いんですね…」
「ちがっ…」
本当に彼にそっくりだ、という言い方に、沖矢さんは赤井ではないんじゃないかと段々と自信がなくなってきた
沖矢さんが言う彼は叶音のはずで、オレと同一人物だと知っているかの様に話してみれば、別人ということを前提に話をすることもある
もう沖矢昴がなんなのか…全くわからない…
「ひゃあっ…!」
急に耳の中に滑り入ってくる指、そしてそれと同時にキツく首筋を吸い上げられ、驚いて声を上げてしまう
「考え事とは…随分余裕がありますね…」
目的を果たしたのか手や足の拘束が解かれ元座っていた様に離れていく
最悪だ…首のチョーカーも見れなかった上に、絶対痕残されてる…
沖矢さんの様子を伺いながら痕が残っているであろう首元を押さえ、震える身体を後退りさせ距離を取る
「始めに仕掛けてきたのは君ですから…過失の割合は50:50といったところでしょう?」
フィフティ・フィフティ…?
こんなの五分五分にされてたまるかと反発しようとしたけれど、とにかくもう帰りたい…この場から、沖矢さんから離れないと…
「もう…帰ります…」
「…あぁ、もうこんな時間ですね…送りますよ?」
「結構です」
「でも、顔を紅くして目を潤ませながら独りで歩いていたら危ないですから…」
わざわざ言葉にされなくたってどんな顔をしているかくらい自分だってわかってる!
だから早く独りになりたいのに…!
「大丈夫ですっ!!」
沖矢さんを拒絶する気持ちが声の大きさに現れた
少し驚いた様子だったが、沖矢さんがドアを開けて先に降りたところを続けて降り距離を取る
「気を付けて帰ってくだ…」
「余計なお世話ですっ!さよならっ!」
言葉を遮り勢いのまま走り出した
