第5章 摂津 壱
「…え、なんですか急に。どのくらいの嗅ぎ分け…とかは考えた事ないですけど、薬草を嗅いで品名当てる遊びなら薬草仲間とやったりして、かなりの正解率でしたよ。無臭のもの以外は自信あります」
「……お前の世では妙な遊戯が流行っているようだな。まあ闘茶の類いと似たようなものか。しかし薬草を嗅いだだけでその名が分かるとは、中々のものだ。俺の仔犬は優秀だな、よしよし」
仮に五百年後の世であっても、果たして凪の言う、いわゆる【利き薬草】が、年頃の娘が好むような遊戯かと言えば、当然否である事は光秀にも理解出来たが、山城国で薬草に気を取られていた様を思い起こせば納得も出来る。
口では茶化してはいるものの、凪のそれは光秀にとっては才能であり、生き延びる上での手段として数えても遜色なかった。
冗談めかして腰にあてがっていた片手を持ち上げ、本当に仔犬にしてやるよう軽く撫でてやれば、凪によってそれを引き剥がされる。
「頭撫でるのやめてください!それに私は仔犬でもないし、光秀さんのでもないですから」
「一晩共寝した仲だと言うのに、つれない事だ」
「ご、誤解生むような事言うの、やめてくれます!?」
引き剥がされた腕を大人しく凪の腰へと戻し、ため息混じりに瞼を伏せた。
目元を化粧よりも淡い朱色が彩り、羞恥によって眉間の皺がますます深まる凪の様をそっと見やった光秀は、反論を聞かなかった事にして、程なく見えてくるだろう目的地のある方向へ視線を向ける。
当初からそうであったが、打てば響く反応が一層濃くなった凪と言葉を交わすのは中々に面白かった。
(────…さて、仔犬との戯れもここまでとしておこう。この先は想定外の事態が起こりうる可能性も大いにある)
ほとんど一本道である暗い通りの先、そこにぽつんと灯りの灯った一件の座敷茶屋が建っている事を認めた光秀が、静かに双眸を細める。
道を見回していた凪も、暗闇の中で目立つそれを見付けたのか、小さく息を呑んだ。
「もしかして、あそこが会談の場所ですか?」
間近に迫った目的地を目の当たりにして、一気に緊張が増したらしい凪の密着した身体が強張りを帯びる。硬い声で問われたそれへ小さく頷いてみせた光秀は、顔を彼女の耳元へ寄せて低く囁いた。