第5章 摂津 壱
明らかに訝しげな様子の凪は、密着する身体を見やって不服な面持ちを浮かべたが、任務については圧倒的経験値の違いから、光秀の言う事を無碍には出来ない。
「…この辺りって、かなり閑散とした感じですね。あまり目印になりそうなものもないし…」
「ここは有崎城下の外れだからな。さっきまで歩いていた大通りまで出てしまえば問題はないだろうが、必要時以外は極力避けた方がいいだろう。それこそ、物の怪や亡霊の類に連れ去られかねん。お前のような呑気な娘であれば尚の事、な」
見下ろされた金色の眼がすっと細められる。
明らかにからかっているだろうその言葉に臆す事なく、凪は光秀を見上げ、つい半眼になった。
「そもそも物の怪や亡霊なんて信じてないクセに。さっき自分で言ってたじゃないですか。妙な噂には裏があるって」
「おやおや、よく覚えていたものだな。一つ話す毎に二つ話を忘れていくものかと思ったんだが、物覚えの良いお利口な仔犬には、帰ったら褒美でもくれてやろうか」
「そんな脳みそすっからかんじゃないです!あと、褒美も要りません。絶対ロクなものじゃないでしょ」
おどけた調子で肩を竦めた後、光秀は少し前から感じ始めていた小さな変化に内心で口元を綻ばせた。
凪の口調に見え隠れしていた一線が薄れて来ている。遠慮がなくなり、気安い口調になった凪は恐らく、元々強気で思い切りの良い性格なのだろう。
そう思えば、あの顰め面にすら愛着が湧くというものだ。
「それは残念だな。今夜もお前の傍に寄り添って、腕を枕替わりに貸してやろうと思ったんだが…また次の機会の褒美にするとしよう」
「もうそれ褒美じゃないです、拷問です。ご褒美っていうなら一人で気楽に寝かせて欲しいんですけど」
やれやれと首を緩く振った光秀の溜息混じりの発言に眉根を寄せ、ぴしゃりと言い放つ。憮然とした様で文句を続ける凪に笑みを零せば、ふと思い起こしたように光秀が口を開いた。
「ところで…お前の鼻が仔犬並だという事は理解したつもりだが、どこまで感じ取る事が出来る?俺の残り香を追えるなら、特定の匂いを嗅ぎ分ける事くらいは出来そうなものだが、どうだ?」