第5章 摂津 壱
「…まったく、お前はどうしようもない程に短絡的なおつむをしているようだな」
(────…たかが会って数日の小娘相手に、どうかしている)
溜息混じりの言葉を発した男の表情は、呆れを含んでいるようでもあったが、自分の言いたい事をきっぱり言い切った凪は特に気にした様子もない。
そのまま自身の腰に両手を軽くあてがいながら、光秀の眼を見上げて音を紡ぐ。
「短絡的なおつむでも光秀さんが言った事、少しは理解出来たつもりです。光秀さん自身がどう言おうと、自分で決めた事に後悔はしないって決めてるので」
真っ直ぐに告げた凪の表情は、笑ってこそいなかったが、どこか晴れやかな色を浮かべていた。
それを目の当たりにし、逸らされる事のない、影さえも照らし出してしまいそうな漆黒の眼に月明かりが重なる様に、光秀が掠れた音で呟きを零す。
「─────……そうか」
すい、と視線が逸らされるのを認めて、凪は目を丸くした。
基本的に光秀は相手がどうであっても、目を逸らす事がない。心の奥底を覗くような金色に視線を絡め取られ、翻弄されるのが常といったところであったし、凪もそう思っていた。
(光秀さんが目を逸らすの、珍しいな。もしかして照れたとか?…いやいや、まさかね)
物珍しさから、つい一歩を踏み出して自分から距離を縮め、顔を覗き込むように下から相手を見つめたが、光秀のそれは一瞬の事であり、すぐに揶揄を乗せた視線が眇られる。
「…どうした、自分から俺の腕の中へ収まりに来たのか?」
「違いますよ!」
意地悪を避けるよう、凪が咄嗟に身を引いた。
そのまま身を翻し、止めていた歩みを緩やかに再開すれば光秀も彼女の後へ続く。
半歩程先を歩く凪へ歩調を緩めていれば、不意に彼女は空に浮かぶ月を見上げた。
「光秀さんって、何でも出来る器用そうな人かなって思ったんですけど、案外不器用な性格ですね。……女の人の扱いは上手い癖に」
風に流れる雲が月からゆっくりと離れていく。
先程よりも辺りが明るくなった事と、少しずつ夜目が利き始めた事から、僅かに前を歩く凪の横顔が伺えた。