第22章 落花流水 前
取り敢えず女性客だけでない、という事実に何処となく胸を撫で下ろした凪は、繋いだ光秀の手に促されて店内へ足を踏み入れる。店主は光秀を見知っていたようであり、凪が髪に挿している芙蓉の簪を視界に入れると、老齢な男は柔らかく笑った。
明智光秀という男がそもそも何処の店に入っても注目を集める事は分かった為、小間物屋に足を踏み入れた時に男女問わず視線がこちらへ向いた事も慣れつつある凪は、物珍しそうに店内をぐるりと見回した。
「わ、すごい…!」
陳列されている商品へ興味をすぐに移した凪はそのまま光秀の手をするりと離し、棚の上を眺める。再び空っぽになった手は物足りなさを感じさせたが、凪が楽しそうにしているならばそれでいいか、と視線を微かに伏せた光秀もゆったりとした足取りで彼女の隣に並んだ。
そもそも小間物屋とは日用品や装身具、化粧品など、様々な物を扱う店である。行商などでも簪や櫛、帯留めなどはよく売られているが、小間物屋の方が色んなものが一度に揃うといった印象だ。女性の割合が多い、あるいは男女で訪れているのは、おそらく贈り物といった類などの為なのだろう。
「簪にも色々種類があるんですね」
「そうだな。これは留め挿し用で、その隣は添え挿し用だ」
「じゃあ私が今挿してる芙蓉も留め挿し用って事ですか?」
「ああ」
凪が視線を向けている、簪が多く置かれている棚には、種類が様々に分かれていた。所持している簪が少ない為、あまりそういった知識の無い凪へ軽く説明してやれば、彼女は感心した様子で双眸を瞬かせる。確かに現代で見た漫画やドラマなどでも一本だけ挿していたり、花魁のイメージで複数挿していたりしている表現があったな、と思い起こした凪は、アクセサリーショップに訪れたような感覚になり、あれこれ視線を動かしていた。
「こういう小さいのも可愛いですね」
「添え挿しも悪くはないが、お前は転がって回る内に落としそうだ」
「何で転がる前提なんですか」
凪が手にしたのは添え挿し用の飾り気がないシンプルなものだ。