第5章 摂津 壱
相変わらず光秀へ寄り添った状態で暗くなり始めた通りを歩いていた凪が、のらりくらりと話を逸らす相手へ耐えかね、羽織の袖をぐい、と強めに引っ張った。
通りはすっかり人気がなくなり、先程の商売人が話した通り、人々は夜の外出を完全に避けているようである。
人目がない為、あまり気負う事のなくなった凪がいつもの調子で問いかければ、光秀は宵闇に映える金色の眼を彼女へ注いだ。
「お前は余計な事など考えず、必要な情報を頭に叩き込んでおく事だ。店主の話を聞けば、お前の可愛いおつむでも大方理解出来ただろう?奇妙な噂の裏では、何かが必ず動いている。何故そんな噂が立ち始めたのか、その噂により誰が得をするのか…それをよく見極めろ」
「…誰が、得をするのか」
思いのほか真摯に告げられたそれを、凪は小さく反芻する。
ここが、織田領であっても気の抜けない場所だという理由は何となく検討がついた。物々しい町の雰囲気は、例の噂だけが原因ではない。かつて信長へ謀反を企てた城主が治めていた国で、何かが起きようとしている。
ここで細い糸を辿り原因を突き止めなければ、被害を被るのはこの国に住む一般人達だ。
「…私が思っている以上に、この国の異変は大変な事なんですね」
ぽつりと呟いた言葉に対し、光秀は肯定も否定もしなかったが、むしろそれこそが答えであるような気がした。
(最初から遊びのつもりじゃ全然なかったけど、どこか実感が湧かなかった。けど、やっと状況が分かってきた気がする。…もっと、しっかりしないと)
先程までとは違う唇を引き結んだ凪の表情を、光秀が無言のままで見つめる。
眇めた金色のそれに浮かんでいたのは、微かな惑いと安堵だった。
矛盾した二つの感情はしかし、一度の瞬きと共にそっと霧散する。
ふと足を止めた凪が組んでいた腕をするりと抜き去った。
つられる様にして光秀の歩みも止まり、その間にも凪は男の正面へ進む。
向き合う形になった凪の漆黒が、顔を覗かせ始めた月の淡い光を受け、強い意志を抱いて揺れた。