第5章 摂津 壱
「ええ!あの魔王と恐れられる織田信長様に対して、有崎城の前城主様が謀反を起こした大戦です。その時に討ち取られた武将の亡霊が、夜な夜な徘徊してるって城下じゃ持ち切りですよ!」
(三年前の戦って…あの時光秀さんに誤魔化されたヤツの事か!)
凪が気にかかっていた臭いの話の際、光秀がぽつりと呟いていた言葉の意味と、商売人の話が繋がり合い、ようやく合点がいく。あの不快な臭いはもしかしたら、大戦の名残のようなものかもしれない。
(でも三年前の臭いが残ってるって変じゃない?それともそれだけ酷い戦だったって事?)
繋がったら繋がったで再び湧き上がる疑問に内心で首を捻っていた凪を知ってか知らずか、光秀は抱き締めたままの彼女の背を片手で優しく撫でた。
「ついでに…これはわたしら商売人の中で最近囁かれてる話なんですがね」
今も昔も人が噂話を好むのは変わらないらしい。
適度な相槌を打って関心のある素振りを見せる光秀の、聞き上手な様が商売人の男を勢いづかせたのか、男は更に興奮した様子で続けた。
「なんでも、織田信長様の側近である明智光秀って男が、今の有崎城城主である池田様をそそのかし、謀反を企んでるらしいって噂ですよ…!」
(─────…えええっ!?)
「なんと!それは恐ろしい…あの信長様に恐れ多くも楯突くなど、よくもそんな事を思い付くものですね…」
(噂の明智光秀ここに居ますけど!?)
最後に男が放った言葉の衝撃たるや、腕の中で瞠目した凪は胸中で止まらない突っ込みに目を白黒させる。
しれっとした様子で反応する光秀にも驚きだが、告げられた内容がとんでもない。
その後、いくつか言葉を交わした光秀は丁寧に礼を商売人へ告げた後、凪をようやく腕の中から解放して歩き出した。
「あの、光秀さん」
「どうした、噂の物の怪や亡霊に怖気付いて、宿にでも戻りたくなったか?」
「いや、物の怪とかよりビックリな情報聞いちゃったんですけど」
「ああ…宿への近道は一つ前の通りを突っ切った方が良いという話か。実に有益な情報だったな。店主には後で手厚い礼をしておこう」
「それも良い情報でしたけど、そうじゃなくて!」