第22章 落花流水 前
家康も同じく、油が入った瓶を地面へ落とされないよう間合いを詰め、懐に入り込んだと同時、身を反転させて背を相手へ向けた状態で片肘を叩き込んだ。
「ぐ、ぅ…!」
力の抜けた指先から瓶がするりと落ちるが、難なくそれを家康が受け止めれば、棚にぶつからないよう気遣いつつ、男の身体を入り口側へ後方に倒れさせる。
「家康様、お見事です」
「良いからさっさと縛り上げろ」
蹲る男から瓶を取り、しっかり栓をした三成が家康へ純粋な称賛を贈れば、淡々とした声が指示を飛ばした。
「こちらをお使いくださいませ」
「ありがとうございます。使わせて頂きますね」
店奥から出て来た若旦那が荒縄を三本程三成へ差し出せば、彼は笑顔を浮かべてそれを受け取る。そうして家康の指示通り、一本を家康へ渡した後、男をしっかり縛り上げるその前で、立ち往生した先頭の男が身を翻そうとするも、光秀によって片腕を掴み上げられ、背へ捻り上げられれば、痛みに呻いた男ががくりと両膝をついた。
「く、くそ…っ!!」
「お前達の運の無さには、さしもの俺も恐れ入る。これ以上罪の上塗りをしたくなくば、大人しく城へ連行される事だ」
(す、凄い…あっという間に縛り上げちゃった)
「ええ、実に鮮やかな手腕でございましたね」
「!!」
武将三人が居合わせたという最悪のタイミングで悪絡みしに来た男達へ、鼻で短く笑いながら同情と言う名の皮肉を投げた光秀に、怒りを孕んだ眼を男が向ける。ものの数分で終えてしまった捕物を前に、凪が心の中で素直に感心してしまっていると、縄を渡し終えて奥へ戻った若旦那が、再び心を読んで同意して来た。驚いた様子で振り返り、黒々した目を瞬かせている凪を見つめ、口元へ弧を描いた男が愉しげな素振りで綺麗に笑う。
(……え、なんか今の)
若旦那が浮かべたその笑みが、何故か先日の戦で顔を合わせた清秀の、去り際に浮かべたものと酷似していた気がして、つい凪の視線が彼へ縫い留められた。
「きよ……─────」
「凪」
脳裏に過ぎった相手の名を、ついぽつりと溢しそうになったと同時、まるでそれを遮るかの如く光秀が凪を呼ぶ。