第22章 落花流水 前
我に返った彼女が光秀へ振り返れば、家康と三成が縛り上げた三人を縄で更に繋ぎ、店の外へ連れ出そうとしているところだった。
「そろそろ行くとしよう。あの男達は家康と三成の二人が城へ連れて行く事になった」
「あ、分かりました」
どうやら凪が若旦那へ意識を向けている間に、三人でそんな言葉が交わされていたらしい。光秀の傍へ近付けば、彼は凪の頬へ一度片手を触れさせ、その眼差しを彼女の背後─────若旦那の方へと静かに向けた。眸の奥に潜む感情を覗かせぬ、静かなそれは一見すればただ何気なく視線を投げただけにも捉えられる。光秀の視線に怯む事もなかった若旦那が微笑してみせると、男が口を開いた。
「騒がせてすまなかったな、若旦那」
「いいえ、武将様方がいらっしゃったお陰で大事な商品や店が傷つかずに済みました。勿論、可愛らしいお客様である、お嬢様も…」
「俺達が居なくとも、貴兄であれば難なく対処出来ただろう。……その、懐のものが飾りでないならばな」
光秀の発言に驚いたらしい凪は、つい若旦那の懐付近へ視線を向けてしまう。凪から見ても、何かを隠し持っているようにはまったく見えないが、光秀の事だ、きっと何事か勘付いたのだろう。優雅に感謝の意を示した若旦那は、指摘を受けてゆったりと瞼を伏せ、謙遜を込めて小さく首を振った。
「とんでもございません。本当に助かりました。…懐のものは、先程申し上げました通り、窮鼠猫を噛む、の心づもりで持ち歩いているだけですので」
「大層ご立派な心がけだ」
男の言葉を受け入れた訳ではない、形ばかりの台詞を溢した光秀が不意に身を翻して家康を呼ぶ。
「家康、少し三成と話がある。凪を頼むぞ」
「分かりました」
頷いた家康が、男達を繋いでいた縄の一方を三成へ渡し、そのまま凪の傍に寄った。家康が彼女の傍に近付いた事を確認してから、光秀は三成相手に目配せをしつつ、店の外へと足を向ける。