第22章 落花流水 前
とさり、とさして重量感のない巾着袋が凪の足元付近へ落下し、それへ視線を落としたと同時、けたたましい声で怒鳴り散らした男が、怒りに満ちた形相で店内をぐるりと見回した。そして店内に見知った姿────即ち、武将三人が偶然にも揃っていた事へ僅かに目をひん剥き、しかし後には引けないとばかりにメンチを切り出す。
「こんな効きもしねえ薬草、高値で売り付けやがって!金返しやがれ…!!」
店外にまで響き渡るかの如く荒っぽい声を張り上げた男は、奥に立つ若旦那を視界に入れ、怒りに燃える吊り上がった眼を向けた。入り口付近に立っていた三成がすぐに動き、あくまでも穏やかな口調で先頭の男へ声をかける。
「どうか落ち着いてください。突然声を荒げては店や客人にご迷惑がかかります。まずは何があったのか、きちんとお話を聞かせてください」
「ただの悪絡みだろ。いちいちまともに取り合うな」
「ですが家康様、ここまでお怒りになるという事は何らかの事情がある筈です。まずはそれをお訊きしなければ」
「……はあ、好きにしろ」
片手を自らの胸にあて、あくまで話を聞く姿勢を見せた三成の様子を横目で見やり、家康はその冷たい視線を男達へ流す。正直、こういった手合いを見るのは初めてではないし、安土城下に限らず、何処にでも見られる光景だ。
一度声をかけた後で、それでも事情を改めると意見した三成へは、これ以上言葉を重ねても無駄だと思ったらしく、家康は諦めた調子で溜息混じりに言い捨てる。
稼ぎが一定ではないこの時代、まともに金を払う事の出来る人間はある程度限られてしまっているし、その額も様々だ。こうやって店側に何だかんだと文句をつけて、商品分の代金などをちょろまかそうとしたり、後で回収しに来たりするのは決して珍しい事ではない。
ましてやこの英屋(はなぶさや)は、安土城御用達の看板を背負う大店(おおだな)である。売られている薬草がまともなものである事は、よくここを利用する家康自身が分かっているのだから、当然と言えよう。
「…それで、一体どうなさったのですか?薬草が効かないと仰っていたようでしたが、どのようなものを、どういった用途で買われたのでしょう」