第22章 落花流水 前
ふと三成が不思議そうにして問えば、光秀は特に隠し立てする事もなく、さらりと言ってのける。男が告げたそれに対し、静かに息を呑んだ家康が微かに眸を瞠る傍で、凪だけがいまいち言葉の意味を捉える事が出来ず、首を捻った。
「恋しい男女が逢う、という事でございますよ」
「!!」
心の中でしか疑問を溢していない凪に対し、まるで正解を与えるかの如く言い切った柔らかな声に双眼を瞬かせる。振り返れば、凪が頼んだ薬草をすっかり包み終えたらしい若旦那───斉(いつき)が微笑んで首を軽く傾けてみせた。
(どうして、私が考えてる事)
よく光秀相手には分かりやすい、表情に出やすい、と言われる事が多々ある凪だが、それは彼が自分を見てくれている機会がなんやかんやと多いからだと思っていた。元々鋭い観察眼を持っている事も知っているので、光秀に関しては見透かされても多少仕方がないと思うが、若旦那は今日会ったばかりの人物だ。言い当てられてしまうと、妙な心地になる。
「……さすがは老舗商家の若旦那。その観察眼の鋭さは、商売柄、という訳か」
凪の心の怯えを面持ちから感じ取ったのか、光秀が二人の間へ静かに割って入った。彼女を背に庇う形で立ち、あくまでも世間話の一環として告げれば、若旦那も柔らかな微笑で肯定する。
「商人は、お客様の顔色一つで求めるものを読み取らなければなりません。様々なお客様と接している内、自然と身についたものでございます。無論、明智様の足元にも及ばぬ児戯でございますよ」
流暢に述べた若旦那は、謙遜する素振りを見せて頭を下げた。光秀の探るような視線と、三成が彼らのやり取りを静観する中で、家康が些か複雑な心地のまま瞼を伏せると、店の外からどう考えても薬草問屋に似つかわしくはない喧騒が聞こえ、僅かに眉根を寄せる。当然それは光秀と三成も気付くところであり、凪もさすがに疑問を抱いたらしく、意識を暖簾の方へと向けた。それと同時、暖簾を荒々しく潜った三人の柄が悪そうな男達が立ち入って来て、先頭を切っていた一人の男が、手にしていた粗雑な巾着袋を誰ともなしに投げ付けて来る。
「てめえ!!このいかさま薬草屋が!!」