第22章 落花流水 前
三成が男へ丁重に問いかけている合間、光秀は視線を若旦那の方へと投げた。男達が入店して来た際、若旦那の腕が自然な所作で羽織りの内側へ差し入れられた事を見咎めていた光秀は、言いがかりのようなものをつけて来た男達よりも、若旦那の動向の方が気にかかり、意識をそちらへ向け続けている。
幸いにも、この場には武将が自分を含めて三人も居るのだ。怒鳴り込んで来た男達にとっては、とんでもなく数奇な巡り合わせでしかないが、こちら側としては好都合である。そういった事もあり、光秀としては男達の方は三成達に一任して様子見をしているという訳だ。
「て、てめえには関係ねえだろ!俺はこの店の店主に文句を言いに来たんだ!」
三成の対応は男にとって予想外のものだったのだろう。武将というものは一方的に力で抑え付けて来るものかと思ったが、まさか丁重に話を聞こうとしてくるとは。仄かに焦りの色を滲ませた男がいっそう荒々しく声を吐き出すと、傍に立つ三成は毅然とした面持ちのまま、静かな視線を相手へ向ける。
「いいえ、関係ないなどとそんな事はありません。この安土城下の治安を守り、城下の民の言葉に耳を傾けるのも、我々の務めです」
「文句を聞いてやるって言ってるんだから、さっさと話したら。……話せる程の事情があるなら、だけど」
「…く、くそっ…」
威勢よく入って来た男が三成の真摯な視線と、家康の明らかに呆れた雰囲気を滲ませている言葉を耳にして歯噛みした。最初の勢いは何処へやら、後ろに引き連れていた二人も戸惑った様子で視線を泳がせている。
そんな中、事の成り行きを見守っていた凪は自分の足元に転がっている粗雑な巾着を拾い上げ、軽く開いた。
「こら、悪い子だ」
「わっ」
中身を確認した直後、隣に居る光秀にひょいとそれを取り上げられ、同じようにして彼もその中身を確認する。そうして片眉を軽く持ち上げた後、口元に悠然とした笑みを刻んだ。
「ほう?これはこれは…」
「何だったんですか、その中身」
光秀の言葉に振り返り、彼が巾着の口を閉ざしている様を視界に留めた家康が然程興味なさそうに問いかける。光秀が答えるよりも早く、先程垣間見た中身について、ついぽろりと凪が口を滑らせた。