第22章 落花流水 前
互いに笑みを浮かべているが、光秀は勿論の事、若旦那も同じく目が笑っていないような気がして、凪は摂津で初めて清秀と邂逅した時の事を何故か思い出した。瞼を伏せながら光秀の言葉を優雅に交わした男の言葉が耳に届いたと同時、背後から見知った声がかけられ、それぞれが店の入口の方へ意識を向ける。
「─────…凪と、光秀さん?」
「え?」
数日振りに耳にした声に双眸を瞬かせ、首を巡らせた凪は、店先に佇んで居る家康の姿を認めると思わず笑みを浮かべた。
「家康、久しぶり!」
「……二日程度会ってないだけで、何言ってんの」
凪の笑顔を視界に留めると、先日目にした熱で弱った姿からすっかり快復している彼女の様子に、家康が内心で胸を撫で下ろす。そしてその視線が光秀の腕を辿り、凪の細腰を睦まじく抱き寄せている事に気付き、ひくりと眉根を僅かに動かした。一度瞼を伏せる事で衝動を収め、呆れた様子でいつも通りを装い溜息を漏らせば、凪が照れたように笑って光秀の腕から抜け出し、家康の元へ近付く。
「この前はお薬、ありがとう!お陰ですっかり元気だよ」
「見れば分かる。……光秀さんに、ちゃんと看病してもらったんだ」
近付いて来た凪を改めて見れば、初めてちゃんと言葉を交わした再宴の時と同じく、この時代ではあまり見ない変わった化粧(けわい)をしていた。つい惹き寄せられてしまう漆黒の大きな眸に見つめられ、素直な礼を紡がれると家康は再度吐息を零す。光秀にしっかり看病されたらしい凪の様子はどうやら熱による後遺症もないように思え、口元を僅かに綻ばせた。
「うん、本当は次の日には熱も下がってたんだけど、大事を取った方が良いって言われて」
「下手にぶり返すよりは正解だったんじゃない。……ていうかあんた、どうしたの。そのくるくるの髪」
おそらく光秀の事だから、凪の身体や体力を考えて熱が下がった後、すぐに登城はさせないだろうとは思っていたし、家康もその意見には素直に賛成する。そうして普段とは少し異なる黒髪をくるりと巻いた姿を見やり、持ち上がりかけた自らの腕をすんでで制した。