第22章 落花流水 前
「…え!?変?」
(……そんなんじゃない、かわいい)
どうしたの、と言われてしまえば、馴染みがなさすぎるのかと焦った凪が自らのサイドの髪に軽く触れる。ぱちぱちと双眸を幾度も瞬かせる凪の長い睫毛や唇を前にして、家康の心の奥底で本音が零れた。
「先日は助かった。家康、改めて礼を言う」
「……別にいいですよ。この前も言いましたけど、あんたに真っ直ぐ感謝されると何か裏がある気がするので」
それまでのやり取りを静観していた光秀がおもむろに声をかけて来た事で、家康は我に返る。振り返ってこちらを見ている光秀へ視線だけを向け、男から告げられた真っ直ぐな言葉に瞼を伏せれば、家康はいつも通り淡々とした声色で返した。
「いらっしゃいませ、徳川様」
「ああ」
「お前は若旦那の事を知っていたのか、家康」
「大旦那が居ない時に、何度か顔を合わせたくらいですよ」
店の奥で控えていた若旦那が挨拶を紡げば、家康がそれへ短い返事をする。元々調薬が趣味である家康も、個人的にこの英屋(はなぶさや)を贔屓にしているらしく、指折り数える程度ではあるが、認識があるとの事だ。納得した様子の光秀を他所に、ふともうひとりの足音が近付き、暖簾を潜る。
「こちらにいらっしゃいましたか、家康様。それに、光秀様に凪様まで。まさかお二人をお引き止めする為、先に行かれたのですか?さすがは家康様です」
「なんでお前の頭は、そう都合の良い解釈ばかり出来るんだよ」
暖簾を潜ってやって来たのは相変わらず寝癖をつけた三成だ。店内に居る家康と光秀、そして凪の姿を視界に映すと、ほのかな驚きを示すも、すぐににこやかな笑顔を浮かべる。すかさず家康の辛辣過ぎる毒舌が飛ぶが、三成は意に介したどころか、微塵も気にした気配がない。
「いらっしゃいませ。当店がこんなにも賑やかなのは珍しい事でございますね」
「……貴方は」
店奥で事の成り行きを見守っていた若旦那が挨拶を紡ぎ、大きめの薬包紙に凪が頼んだ薬草を一種類ずつ丁寧に包んでいれば、その姿かたちを認めた三成が微かに双眸を見開き、やがて視線をさり気なく光秀へ流した。金色と紫紺の眸が静かにぶつかり、それ等が音もなく混じり合う。
(………今の目配せは、)