第22章 落花流水 前
本人は暑いから、といった意図で露わにしている項も、男からしたら色事を匂わせる。大きな眸と長い睫毛、ふっくらした唇も目を惹く要因だ。外へ連れ出すのが惜しい、と出掛ける前に思ったそれはあながち冗談ではない。
(連れ合いが愛らし過ぎるというのも、なかなか考えものだな)
今は照れ故にむっすりとしてしまっている、少しだけ膨れた頬を人差し指でつん、と突付いた光秀は普段よりもややふっくらしたその感触を楽しみつつ、思考を巡らせた。本気でないなら怒っている顔も存外嫌いではないが、いつまでもむくれさせた状態にする訳にもいくまい。
「おいで、凪。この通りを曲がる」
「……こっち?」
「ああ」
くい、と片手を引いた光秀が通りの途中で横に曲がるよう示した。一本奥まった通りへ続く横道へ視線を向け、窺うように顔を上げると、男が頷く。やがて先程の通りよりも静かな横道を進んだ先に一軒の大店(おおだな)が見えて来た。何ともご丁寧な事に、店先に吊るされた提灯や昇りには、【薬】と書かれている。店構えは他店よりも豪華でしっかりとしており、外観からして何とも老舗な雰囲気が漂っていた。そうして暖簾をくぐった瞬間、鼻腔を掠める様々な薬草の香りに目を見開き、凪は店内を驚いた様子で見回す。
「いらっしゃいませ」
驚いた様子の凪を他所に、店の奥から一人の若い男が姿を見せた。明らかに身にまとっているものが通りを歩く町人達とは異なる彼は、上質な羽織りと着流しをまとい、ゆったりとした笑顔を浮かべている。その男の姿を目にした瞬間、二人は微かに目を見開いた。
(………え?なんかこの人、)
凪が胸中で溢した疑問を拾い上げるかの如く、光秀は金色の眼を僅かに眇める。油断の無い視線を向け、探りを入れる些か不躾な眼差しを受けても尚、男は動じる素振りがない。男の目元は、二人が知る人物に似ている気がした。
「少し邪魔するぞ。……今日は大旦那は留守か」
「はい、昨日から堺へ仕入れに向かっておりまして、本日は私が店を預かっております」
どうやら光秀はこの店を元々知っているらしいが、男と顔を合わせるのは初めてのようだ。男は白藍色(しらあいいろ)の色素が薄い髪と、灰色の眼を持っている。