第22章 落花流水 前
屈託なく笑って告げる凪の表情を見れば、彼女が嘘も下手な取り繕いもしていない事など良く分かった。一度撫ぜた皮膚を再度撫ぜ、口元へ微かな笑みを浮かべた光秀が相槌を打てば、凪は促すようにして繋いだ手を軽く引っ張る。
「それに光秀さんと居ると楽しいし、故郷を恋しがってる暇、全然ないですよ」
ぬるい風が吹き抜けて凪の柔らかい髪を揺らした。緩やかに巻かれた両サイドの髪がふわふわと揺れている様と、彼女が紡いだそれを反芻させ、光秀の面持ちが憮然としたものへ変わって行く。自分と居ると楽しい、などと。本心からそんな事を言う変わり者は凪くらいなものだろう。それでも、彼女の言葉は自らと共に居る事を選んでくれた何よりの証明であるような気がして、心の奥底がぎゅっと幸福な痛みを訴えた。
「………とんだ酔狂な娘だ」
ふいと顔を逸らして告げた光秀の目元にはほんのりと朱が走っている。隣に居る相手を見上げ、視界の端で捉えた彼の表情に凪は些か驚いた様子で目を瞠った後、繋いだ指先にそっと力を込めた。素っ気ない平淡な声だったが、光秀が別に気分を害している訳ではないと雰囲気で察した凪がくすくすと笑いを零す。聞き咎めるかの如く、ちらりと視線を男に流されて、凪が嬉しそうに口元を綻ばせた。
「別にいいですよ。でもそういう酔狂な私の事が好きな光秀さんも、かなり酔狂な人って事になりますからね」
「……ほう、今日は随分と良く口が回るな」
「口は何だかんだ回る方なんです」
何となく光秀より上手に立てたような気がして機嫌が良くなった凪が言葉を並べれば、目元の朱を収めた光秀が金色の眸を静かに眇めて隣を歩く彼女を映す。正面を見て歩く凪へ幾分声を低めて言った後、調子良く言葉を返して来た彼女へ光秀の口元が微かな弧を描いた。
「往来で余程塞がれたいらしい」
「え?」
不穏なそれが鼓膜に届き、双眸を軽く見開いた凪が無防備にも隣の光秀を見上げた瞬間、あまりにも自然な所作で身を屈めた男により唇を奪われる。