第22章 落花流水 前
「あれはきのこ屋さん…?」
「平たく言えば、そうだな」
「きのこいっぱいですね。自分で山に行って獲ってくるんですか?」
「乾物や野菜の仕入れは自分の足で行うものが多い。お前の故郷は違うのか」
(故郷…つまり元の現代の世界って事だよね)
偶然目についた一件の店は、きのこばかりを売っている。おそらくきのこ屋という名ではないだろうが、光秀がざっくり説明する限り、その解釈で合っているらしい。卸し業者がないだろうこの時代、自分で穫れるものは自分の足で仕入れているのだろうなと推測すれば、肯定の意が返って来て物珍しそうに目を瞬かせた。ふと現代の話を持ち出され、城下で堂々と元の世、や元の時代、などといった単語も使えないだろうと比喩したそれへ納得しつつ、凪は思案を巡らせる。
「うーん、自分で仕入れる場合もありますし、卸し業者から買ったり、後は自分で育てたり…ですかね。でも基本的には業者から買ってると思いますよ」
「業者……問屋の事か」
「あ、そうです」
(そう考えると、この時代の人達って凄い働き者だな)
機械も何もないにも関わらず、何でも自分の身でこなさなければならないのだから、現代よりも余程ハードな生活を送っている、とつい感慨深くなる。そんな事を考えている凪の表情が、何処となく故郷────元の世を思っているように見えたのか、彼女の横顔を見つめながら言葉を落とした。
「…故郷が恋しいか?」
「え?」
ほとんど無意識の内に口をついて出てしまったらしい言葉を拾い上げ、凪が大きな双眼をぱちりと瞬かせる。彼女としてはまったくそんな意など抱いていなかったが、繋いだ状態の手、光秀の親指が凪の白い手の柔らかな皮膚をそっと撫ぜた。視線の先にある金色の眸に浮かぶ感情を見つけられなかった凪は、それでも明るく笑って首を振る。
「全然そういうんじゃないですよ。元々我が家は放任主義だし、怪我、病気しないで元気なら何処に居ても良し、の精神ですから」
「…そうか」
「そうです。どっちかって言うと、皆働き者で凄いなって、私も頑張ろうって思っただけです」