第22章 落花流水 前
凪が呼ぶと、光秀は大抵視線をちらりと合わせて答えてくれて、それが地味に嬉しかったりしたのだという事を、今になって凪自身も知ったのだが、そんな事を言えば、またからかわれてしまうので彼女はその感情をそっと胸の内に仕舞い込んだ。
「何処に向かってるんですか?」
「行けば分かる」
(答えになってない…!!)
具体的な目的地くらい教えてくれても、とは思うが、光秀の性格上、そう上手く答えなど得られない。むっと眉根を軽く寄せた凪を視界の端に捉え、自分の答えに不満を抱いているらしいと容易に勘付いていた光秀は、普段登城の際に使っている通りから一本逸れた道へくい、と進行先を変えた。
「あれ、こっちの道は初めて」
「城へ向かうだけなら、先程の道が一番近いからな。ここはあまり使う事がない」
通りを一本変えただけで、店の並びの関係かがらりと雰囲気が変わる様はなかなかに面白い。道の両端に場所を取っている行商人達の顔ぶれも異なり、凪が物珍しそうに周りを見回せば、光秀は吐息を漏らすようにして微かに笑った。
「好奇心旺盛なのは結構だが、余所見し過ぎて道端の石ころに躓いてくれるなよ」
「そんな子供みたいな事にはなりませんから。それに、私が転けたら光秀さんも道連れです」
安土の通りは適度に歩きやすく整えられているが、躓くものがないとは言えない。足元への注意が散漫になりはしないかと声をかけてやれば、子供扱いの様につい半眼になった凪が光秀を見る。そうして、しっかり指が絡んだ状態の手を軽く持ち上げて悪戯っぽく笑った。
「おやおや、それは困りものだな」
「じゃあ私が転けたら、手離します?」
「まさか。その時は大仰に抱き上げてやるとしよう」
「それは恥ずかしいから止めてください…」
この男ならば本当に躊躇いなく姫抱きでも何抱きでもしそうだと考えた凪が、降参とばかりに軽く持ち上げた二人の手を下ろす。初めて訪れる通りは主に乾物を売っている店が多く並んでいた。思えば、戦国時代と言えども店の種類などは現代と少し通ずるものがある。違いがあるとすれば、扱う種類がある程度限定されていて、各所へ分散している事くらいだ。