第22章 落花流水 前
凪へ振り返り、身を僅かに屈めてから空いた片手で前髪を軽く上げた後、露わになった白い額へ唇を触れさせた。体勢を戻し、凪から繋いだ手を解いた光秀は、彼女の小さなそれを包み込みつつ触れ、するりと指先を絡ませるようにして深く互いの手を繋ぎ合わせる。所謂恋人繋ぎへ握り直して来た男を見上げ、真っ赤な顔で文句を言おうとすれば、人差し指が唇の前へあてがわれた。
「嘘をついた悪い子には、お仕置きが必要だからな」
「全部あれの仕返しだったんですか…!」
「俺は隠されると暴きたくなる性質(たち)だが、今回はお前の可愛いおねだりに免じて絆されてやるとしよう」
「自分はあれこれ隠す癖に…!」
くつりと喉奥で笑いを溢した光秀のそれへ凪が思わず噛み付く。【見た】ものを正直に言わなかった仕返し。そう告げて来た相手へ何となく理不尽な思いを禁じえない凪だったが、結局のところ光秀の方が何枚も上手(うわて)だと分かっている為、そんな文句もすべて飲み込まれてしまう。
これまで繋いで来た手の形とは異なる、深く互いを繋ぎ止めるかのようなそれへ指先の力をどちらからともなくほんのりと込め、いつも通り他愛のないやり取りを交わしつつ、二人は自室を後にしたのだった。
────────────────…
眩い陽射しに満ちる八つ刻(14時頃)、安土城下町は本日も変わらず賑わいを見せ、多くの町人達が行き交っていた。
幾度か城下の通りは特定の道のみであるが通っている為、凪もそろそろ見知った通りにどんな店が並んでいるのか理解し始めて来た頃合いである。燦々と注ぐ太陽の光は気温を上げる要素でもあるが、夏らしい気候を顕著に表すものでもあった。時折吹き付けるぬるい風すら心地よく感じる事が出来るのは夏ならではと言ってもいい。
光秀と二人並び、恋人繋ぎ状態で見知った城下の通りを歩いていた凪はふと気にかかった事を思い切って訊ねてみる事にした。
「あの、光秀さん。念の為確認したいんですけど…」
「…ん?」
隣を歩く男へ視線を向け、じっと相手の端正な面持ちを目にしながら声をかければ、光秀からは短い相槌だけが打って返される。