第22章 落花流水 前
目の前の大きな手のひらへ視線を落とし、躊躇いなく掴んだ彼女を立たせてやれば、彼はわざと繋いだ手を一度離して部屋を出る。いつもは繋いだままで部屋を出る事の方が多いというのに、今日に限ってそんな事をする相手の意図が分からず、凪が不思議そうな面持ちを浮かべていると、数歩距離を置いて立ち止まった光秀が僅かに振り返った。
「どうした、来ないのか」
「え、あ…行きます」
立ち止まっている光秀の元へ小走りで近寄り、隣に並ぶと相手の顔を凪が見上げる。
(手、繋がないのかな)
凪の不思議そうな心の声が聞こえた気がして、男はふと口元に笑みを乗せた。
「何をして欲しい?」
「…っ、」
金色の眼が意地悪く眇められる。答えなど聞かなくとも分かっている筈なのに、わざと凪の口から言わせようとする光秀の意図に勘付き、黒々した眼を瞬かせた後、ぎゅっと眉根を寄せて物言いたげな顔をすれば、光秀は瞼を伏せて顔を正面へ戻した。相変わらず、男の表情は何処となく愉しそうだ。
「特にないなら、構わないが」
涼しげな顔で歩き出そうとする光秀の横顔を見て、凪はますます文句を言いたげな表情で唇を引き結ぶ。散々心の中で羞恥との葛藤を繰り広げた彼女は、堪え切れないとばかりに些か眦(まなじり)を上げて声を出し、離れかけた光秀の袖をきゅっと掴む。
「─────…もうっ!」
ただ袖を掴んだだけの緩やかな拘束に、しかしぴたりと動きを止めた光秀の眼が彼女へ向けられた。掴んでいた袖を一度離し、そのままほんの僅かな逡巡を見せた後、光秀の片手を自分からそっと握った凪が、赤く染めた耳朶をそのままに眉尻を下げて外方(そっぽ)を向く。
「…………手、繋ぎたい、です」
気恥ずかしさを必死に堪えた、小さな声が男の元へと届けられた。言葉と同時に指先へ少しだけ力が込められた事を悟り、光秀の口元が綻ぶ。
「上手におねだり出来たな」
「お、おねだりって…!!」