第22章 落花流水 前
そして、自らの真正面で片膝をつく光秀が凪の顔を見つめている様に気付き、彼女は途端に顔を真っ赤に染め上げた。
「ぎゃあ!?み、みみみ…光秀さん!?」
「……まさか顔を覗き込んで、惚れた女に頓狂な声を上げられるとは思わなかったな」
「す、すみません…!」
悲鳴にしては可愛げのない声が衝動的に出てしまった凪は、ばくばくと恐ろしい程に早鐘を打つ鼓動の辺りを片手で押さえ、光秀の名を裏返った声で呼ぶ。凪の眸を見る限り、すっかり黒に戻ったらしいと判断した光秀は、普段とは異なる反応に怪訝な色を乗せた。大抵、凪が【目】で見るものは良からぬものが多い。そういった印象から、ついまた彼女が怖がるようなものが見えたのかと純粋に案じていた光秀だったが、どうやらその限りという訳でもないようだ。責める意図など微塵もないが、わざとそう言ってやれば、凪は紅く熟れた顔のまま視線を下へ投げる。
「……それで、茹でだこのような顔色をして一体何を見た?」
「え゛っ!?」
まずは何を【見た】のか確認せねばならない。頬を染める姿は愛らしいが、その理由が何であるのかは当然気になるところだ。視線を下げると共に顔も若干俯きがちになった凪の顎に手をかけ、くいと自らの方へ向けさせれば、凪の目が軽く見開かれた後、所在なく視線が泳ぐ。
「いや、あの…えーと…」
「以前、摂津で約束しただろう。何か【見た】時は必ず俺に伝えろ、と」
「そうですけど…!」
真っ直ぐ正面から注がれる金色の眸に晒され、凪の身がぎゅっと縮まった。さすがに押し倒されていて、今まさにこれから何かが起ころうとしている場面を見たなど、本人を前にして言える訳がない。想いが通じて四日目、それを口に出来る程羞恥をかなぐり捨てる事は凪には難易度が高かった。
言い淀む彼女の表情を観察するに、おそらく色事関係だろうというのは光秀とて予想出来る。恐ろしい出来事云々ではなく、いっそそういう事の方がまだ安堵出来るというものだ。ただし、相手が自分ならという条件はつくが。