第22章 落花流水 前
小袖は夏を意識した天色(あまいろ)の爽やかな水色に流水と小花が散った模様のもので、その上に打ち掛けではなく、卯の花色の薄い長布をショール代わりに羽織っている。色とりどりの飾り紐を帯と絡めて結えば、完全にお出かけスタイルの出来上がりだ。
(これで本当にデートじゃなかったらどうしよ……でも、せっかくだし)
光秀とは何だかんだ、二人で町中を主に通勤目的で歩いてはいるが、休日と思わしき状況で出掛けるのは初めての事である。凪の推測通り、本当にそうだとしたら事実上初デートという事になるのだ。多少なり気合いも入れてしまう。化粧台の鏡の前で髪型を確認し、即席な割りに存外しっかり巻かれている髪を指先でくるんと絡めていれば、不意にどくりとした衝動が襲って来た事に気付き、小さく息を詰めた。
(え、嘘…このタイミングで…!)
眼を見開き、一瞬くらりとした事で咄嗟に化粧台へ手をついた彼女は、じわじわと熱が沸き上がる自らの眼に意識を集める。幸いここは御殿の自室で、隣には光秀がいる為、あまり気を張る事なく衝動に身を任せられた。かたん、と片手が台の上に当たる小さな音を立て、凪は鏡に映る自分の眸の光彩がゆっくりと黒から深い青へ変わって行く様を見つめる。そうして目の前の景色が別のものへ塗り替えられていくのを、ただ受け入れた。
────…暗がりの中、真正面に捉えたのは光秀の姿だ。薄っすらながら夜目が効き始めたらしい視界にぼんやりと映るのは、いつもの白い着流しをまとった光秀であり、彼の大きな手のひらが仰向けになった凪の頬を滑る。くすぐるように動く指先が頬から輪郭の線を辿り、首筋へと下りた。視界の中で男が艷やかに金色の眸を眇める。飲み込まれてしまいそうな程の凄絶な色気を放つ男が薄い唇を動かし、何事かを囁いた。そうして、しなやかな手がゆっくりと凪の薄い寝間着の合わせへと差し入れられ…─────
(ぎゃああああああっ!!!?)
「─────…凪?」
心の奥底でけたたましい悲鳴を上げたと同時、鼓膜を耳に馴染んだ低音が揺らす。心配そうな色を乗せた男の声を認識し、ぱちりと瞬きをひとつすれば、目の前の光景は即座に移り代わり、現実を映す。