第21章 熱の在処
まさか義元が一人の女性に対してそういった事を口にするとは思わず、佐助は些か驚いた様子でほんの僅かに眼を瞠る。一度口を閉ざした信玄は、先程まで浮かべていた笑みを消し去り、眸へ静かな色を灯す。一瞬にして信玄のまとう気配が変わった事に気付いた幸村が、思わず緊張から背筋を伸ばした。
「─────…それは、その眸の美しい姫君があの男とどういう関係かによるな」
「……それもそうだね」
男の眸に煌々と燃えるのは、静かな炎だ。恨みを宿す男の視線を真っ直ぐに受け、義元はふと瞼を伏せる。それまで無言で静観していた謙信は、戦友の中に燃える感情とその身を蝕む病を思い、微かに眉根を寄せた。じわじわと肌に直接伝わるかのような焦りを顕著に感じ取った彼は、越後近郊で起こる小競り合いの黒幕を早急に突き止めるべくそっと拳を握る。
(…急がねばならん。下らぬ小競り合いになど、付き合っている暇はない)
それぞれの思惑が滲んだ面々を見つめ、佐助は内心の複雑な感情を押し殺した。万が一、ワームホールが開いてくれたのなら。すっかり見えなくなってしまった星の兆しを思い、瞼を閉ざす。やがて沈黙が下りた広間の中で、信玄がその場の雰囲気を変えるかの如く、ぱん、と自らの膝を手のひらで軽く打ってから立ち上がった。
「…御館様、動きますか」
信玄の傍に長く仕えるからこそ、幸村も感じ取るものがあったのだろう。静かに問いかけたそれへ、男は口元へ笑みを浮かべた。
「武田軍が掲げているものはなんだ、幸」
「……風林火山、です」
唐突な問いかけを受け、幸村は居住まいを正す。重臣の答えを受けた信玄は義元が腰を下ろすその傍へ向かい、そこで一度立ち止まり、緩慢な所作で振り返った。
「疾(はや)きこと風の如し。刻が経てばそれだけ情報は変化する。噂の姫君とやらは、ひとまずあいつ等に任せよう」
信玄が告げたと同時、庭先に居た幾つかの影が素早く動き出す。姿を見せぬまま消えていったそれ等へ視線を投げ、義元が瞼を伏せた。
「もしまた安土に行く事があれば、俺にも声をかけてくれないかな。俺ももう一度、あの子の眸が見たいんだ」
「ああ、抜け駆けはしないから安心しなさい。俺も出来る限り手荒な真似はしないよう、心を配るとしよう」