第21章 熱の在処
「そうだな…長い黒髪で大きな猫目の可愛い子だったよ。俺は特にあの眸が好きかな」
「そんな特徴の女、そこら辺に山程居るじゃねーか!」
「そう?あんなに綺麗な眸をした子、初めて見たけど」
「なるほど…猫目と言えば気が強そうな印象だな。そういう美人も悪くない。……しかし、明智光秀が連れていた女、か」
安土で一度だけ会った彼女の面影を思い起こし、柔和な眸をそっと眇めた義元が扇で口元を軽く隠し、やがて長い睫毛を伏せる。印象に強く残ったのは黒々した大きな眸だ。艷やかな貫庭玉(ぬばたま)は曇りがなく、凛として美しい。幸村の女性に関してとんと無頓着な感想はさておき、信玄はふと笑みの中に何かを含ませ、片手を自らの顎先へあてがう。
義元は信玄とそれなりに長い付き合いだ。それは戦場で幾度も刀を交えている謙信にも言える事で、信玄のその表情が何かを探ろうとしている類のものだと容易に分かる。深慮を覗かせた眸を流し、笑みを深める信玄の思考はどのようなものになっているのか、なんとなく予測として捉えた義元は、先んじて告げた。
「明智光秀が連れていたのは、おそらくここ最近安土城下で噂されていた、織田家所縁の秘姫だ。直接確かめた訳じゃないけど、多分そうだと思う」
「……織田家所縁の秘姫だと?そんなものが居るなど聞いた事がない」
「だから秘姫なんでしょ。このご時世、幾らでも隠しようがある。俺や謙信、信玄達の事だって、ね」
「結局二人はバレたけどな」
「お二人はどうあっても目立ちますから…」
情報を操作し、口を封じる術さえ持っていれば幾らでもやりようはある。それは実際、四年もの間沈黙を守っていた龍虎とて同じ事だ。そして、桶狭間の亡霊たる義元自身も。
「化け狐が直々の護衛という事は、それだけ秘蔵の姫君という事か、もしくはそれ相応の立場にある男の寵姫か。どちらかである事に違いはない。是非一度御目にかかりたいもんだ」
「……信玄、あの子の事は俺も気に入ってるから、あまり困らせないで欲しいな」
「義元さん…」
普段と変わらぬ素振りを見せつつ、信玄はゆるりと瞼を伏せる。男が何を考えているのか、それを感じ取った義元がほんのりと釘を刺すかの如く告げた。