第21章 熱の在処
「ったく…まあ何事もなく戻って来れたから別にいいけどな」
「ありがとう。幸村は何だかんだ言って優しいよね」
「うるせー」
義元のマイペースぶりは幸村自身も慣れている為、これ以上言い募っても無駄かと溜息を漏らせば、微塵も悪びれた様子を見せない義元が扇子をふわりと揺らして微笑む。じろりと相手を睨み、短い言葉で締めくくった家臣の後に続き、信玄はしばし思案を巡らせた後でおもむろに口を開いた。
「……それで、明智光秀本人と会ったからこそ、その噂が眉唾ものだと言い切るって訳か。根拠の薄い話ではあるが…」
「いや…本人というより、連れていた子で確信したよ」
「その言い草…まさか女か」
「あんたなんでそういうとこだけ無駄に鋭いんだよ」
義元の発言を耳にし、佐助と信玄がそれぞれ異なった反応を見せる。無論佐助は表情が表に出ない為、あからさまな様子は見せないが、それに反して信玄はひどく興味深い雰囲気を覗かせ片眉を持ち上げた。ほとんど確信めいた物言いをする自らの主君を横目に、幸村が呆れた様で突っ込みを入れる。
(…やっぱり、あの日義元さんは何らかの形で凪さんに会ったのか。あまり争い事に彼女を巻き込みたくはないけど、今ここでフォローを入れると、逆に勘が鋭い謙信様と信玄様に探りを入れられてしまう)
一方、佐助は内心でいつぞやのやり取りを思い返していた。洗濯事件の後(佐助は洗濯事件の事は知らないが)、ふらりと居なくなってしまった義元を探し出した佐助相手に、彼は妙な事を言っていた記憶がある。その時、完全に確信を持った訳ではなかったが、口振りから義元は凪と接触したのでは、という推測を立てていた。
(しかもあの時から、義元さんは凪さんが安土の姫だと勘付いていた)
胸中に渦巻く懸念を押し殺し、女性という事で興味を示した信玄と義元の話の行く先が気にかかった佐助は、無言で二人を見守る。
「それで、どんな子だった?」
「女の事などどうでもよいだろう。相変わらず、呆れる程に軽薄な男だ」
義元へ問いかけた信玄のそれへ、女嫌いとされている謙信の眉間が皺を刻んだ。心底どうでもいいと言わんばかりで吐き捨てた戦友へ、まあそう言うなって、と軽口を叩いた信玄はその眸の奥底に滲む、何かを探るような色を隠しつつ義元を見る。