第21章 熱の在処
万が一織田が意図的に兵糧を集めているのならば、戦を起こす可能性もある。それを確かめる為だったのだが、あの時は完全にあてが外れた。
「摂津での収穫は、中川清秀が生きているという情報と…────織田軍の明智光秀が毒将と手を組んで謀反を企んでいるらしい、という根も葉もない噂話だけでしたからね」
「………へえ、それは初耳だな」
勃発する小競り合いの調査においては、完全に難航する形となっている佐助の溜息混じりの言葉に反応を示したのは、それまでただ傍観に徹していた義元である。柱に背を預け、片膝を立てた状態でゆったり座していた彼は、手にした鉄扇をゆらりと揺らしつつ風を自身に送り、佐助へ視線を流した。義元が反応を示した事を意外に思ったらしい謙信は、相変わらず鋭い眼差しで浮世離れした男を見やる。
「織田軍の化け狐が毒将と組んだ。もしそれが本当なら、かなり面倒な事になるだろうけど、俺には眉唾ものにしか聞こえないな」
「ほう、珍しいな義元。お前がそんな事を言い出すとは、安土で何かあったのか?」
問いを投げない謙信の代わりに口を開いたのは、それまでやり取りを静観していた信玄だ。胡座をかきながら面白そうに口角を上げた男は、胸前で腕を組みながらあくまでも深刻な気配を出さず、飄々と問いかける。安土で、と彼が限定したのは、つい先日まで佐助と義元、幸村が安土城下に潜入していたからに他ならない。
「特別何かあったって訳じゃないけど…明智光秀本人には直接会ったかな。俺が生きてるって知られちゃった」
「は!?お前安土に居た時、そんな事言ってなかっただろうが!しかも何知られちゃった、とか軽く言ってんだよ…」
「すまない幸村。俺も実は知ってたんだけど、義元さんに口止めされていたから」
「だって生きてる事を知られたって言ったら、幸村が色々煩いかなって思って」
別にまったく困った様子など見せず、存外けろりと言ってのけた義元へ、咄嗟に幸村が噛み付いた。万が一尾行でもされていたら、安土での隠れ宿が危うく光秀に露呈するところだったのだから当然の反応である。城下で小競り合い────洗濯事件と仮に名付けるとして、その日に義元の口振りから光秀と会ったと暗に聞かされていた佐助も、申し訳無さそうに瞼を伏せた。