第21章 熱の在処
他の家臣達を人払いした状況で、安土より一時帰還した佐助の報告を耳にしていた謙信は、二色の双眼へ気怠げな色を乗せ、切れ長の眼を静かに眇めた。
「……では安土に動きが見られたのは、傘下の謀反を収める小競り合いでのみ、という事か」
「はい、そう距離もありませんし、兵数や実力的にも、織田軍が負ける見込みはまず有り得ません。数日足らずで決着がつくかと思います」
「つまらん。いっそこのままこちらへ向かって来たのなら、国境まで出向き、俺自ら遊んでやったものを」
軽く低頭して返された答えに、謙信はひどく飽いた様子で瞼をゆるりと伏せ、傍らに置いた自らの愛刀を膝上へ置き、軽く鯉口を切る。キン、と甲高い微かな金属音が広い室内へ響き、実に物騒な事を口にしながら、刀身を若干覗かせた彼はそれを鞘へ収めた。
「物騒な発言は控えてください、謙信様。こちらも今の状態で織田軍に攻めて来られたら困ります」
「最近越後近郊で起きてる小競り合いの事だろ。何処のどいつが焚き付けてんのか知らねーけど、一向に数が減る気配がねえ」
己の上司が発する問題発言に些か困った様子で淡々と諭した佐助の隣で、幸村が眉間に皺を幾筋も刻みながら吐き捨てる。幸村の言う通り、近頃の越後近郊、あるいは傘下や同盟の国々では、小規模と呼べる程度の小競り合いが勃発していた。どれも鎮圧にはあまり労を使わないものではあるが、続く小競り合いで各地の民や兵達は疲弊を見せつつある。そんな状態で織田軍と渡り合う事になれば、消耗戦に持ち込まれた時、確実に勝ち目はない。
「兼続を各地の調査へ向けているが、早馬の報せもかんばしくはない。黒幕は上手く逃げおおせ、痕跡ひとつ残さぬ徹底ぶりだと聞く。…実に小賢しい事この上ない」
「あの兼続さんでも調査に難航するなんて、なかなかのやり手ですね」
冷たい眼に仄かな苛立ちが過る。刀の柄に触れながら、親指の腹で鍔をするりと撫ぜた謙信が険を滲ませつつ鼻で短く笑いを零した。兼続は謙信からの命により、各地で起こる小競り合いの黒幕を追っている為、現在は不在だ。そもそも、およそひと月前に摂津へ佐助と共に謙信自ら出向いたのは、退屈凌ぎ…という目的もあるが、元々は不審な兵糧の流れを追う為のものだった。