第21章 熱の在処
唇を離した後、小さく吐息を溢しながら呟いた凪が安堵を滲ませる。水で中和された口内は先程から比べれば、かなり後味が緩和された。まだ奥に何か残っているような感覚はあれど、このくらいなら耐えられなくはない。濡れた凪の唇を親指で拭ってやりながら肩を竦めた光秀は、空の湯呑みが二つ乗った盆を端へ追いやった。
「苦味を抑えた薬湯を手掛ける、良いきっかけになりました…」
「些細な事で思わぬものを見付ける事もある。この苦味もあながち無駄ではなかったという訳だ」
「正論過ぎて何も言えない…」
日頃身体に良いから、と言ってあれやこれやと薬草を組み合わせ調薬してはいるが、これでは子供が飲みにくいだろうなと考えた凪は、将来的な苦い薬湯回避の為に甘い薬湯を作ろうと心に誓う。幾分疲れた様子で紡いだ凪を見やり、頭の上にぽん、と片手を乗せた光秀が的確な事を紡げば、返す言葉もなく彼女が苦笑した。
抱きしめている身体は熱く、先程測った脈もそれなりに速いと感じた光秀はそろそろ凪を横にして休ませてやろうと考え、それまで華奢な肩を支えていた片手をそっと離す。
「このまま寄りかかっていろ。後ろへ引っ繰り返るなよ」
「…?はい」
自身の胸板へ凪の身体を寄りかからせつつ、袂(たもと)を探る。光秀の行動へ不思議そうに双眸を瞬かせた凪が素直に頷けば、取り出した小さな巾着を開き、紙に包まれた小さな有平糖を一粒つまみ上げた。
「ほら、口を開けろ」
すらりとした人差し指と親指でつままれた小さな粒を凪の口元へ差し出し、声をかければ彼女が反射的に唇をそっと言われた通り開く。ころりとしたものが口内へ入れられ、唇を閉ざした凪が舌先でその正体を探るよう転がすと、じんわりと甘い味が広がった。
「甘い…!」
「有平糖だ。お前に似合いの味だろう」
何かの形を模した小さな粒を舌先で転がしながら、凪が驚いた様子で双眸を瞬かせていると、光秀の目元が微かに和らぐ。穏やかな声色で紡がれた言葉の意味にほんのり頬を赤らめ、口内に広がる甘さを堪能した。