第21章 熱の在処

「…ん…っ、」

潤った互いの唇がぴたりと重なり、開かれた隙間からゆっくりと薬湯が注がれる。底の方は粉が多少沈んでしまっている所為で、最初のものよりも苦味が増していた。目を瞑り、懸命に苦い液体を飲み下す凪の喉が小さく動く。残滓もすべて注いだ後、ゆっくりと唇を離した光秀が凪の口端から一筋滴った緑の液体を舌先で舐め取った。

「上手に飲めたな」
「その言い方…！」

光秀自体は味覚が鈍い為、苦味を感じる事はあっても耐えられないという程ではないので、存外涼しい顔をしているが、凪はそうではない。口内に残る苦味の跡に顔をぎゅっと顰め、それでも折角家康や九兵衛が用意してくれたのだから、と耐えていれば、目の前で光秀が小さく笑った。子供扱いなのか、あるいは別の意図と合わせてなのか、とにかく意味深に告げる相手を軽く睨(ね)めつけ、片手でとん、と男の胸板をせめてもの抵抗として叩く。

「少し待て。今水をやる」
「…あの、お水は普通に飲みたいんですが」
「遠慮するな。介抱も連れ合いの務めだ」
「そこまでの重病人じゃないです。というか連れ合いってなに…っ」

胸板を叩く凪の手をするりと握り込みつつ撫で、その温度と脈をさり気なく測りながら光秀が告げた。九兵衛が運んで来た盆の上に水の入った湯呑みが置かれている事は、凪も目にして把握している為、自分で飲みたいと主張するも、そんなものはあっさりと突っ返される。握り込んでいた手を離し、湯呑みを手にした光秀が再びそれを呷った。彼の様子に、再び口移しがやって来ると身構えた凪の言葉を遮り、躊躇いなく、実に三度目となる口移し(水)をする。重なった唇から、今度は苦味を取り去るかの如くひんやりした透明な液体が入り込み、口内全体に残っていた薬湯を中和させた。こくこくと喉を動かし、水を光秀から直接受け取った凪が、少しずつ薄れて行く薬湯の後味に身体をそっと脱力させる。無意識に身体を強張らせる程の苦さを誇る家康特性薬湯の味は、しばらく忘れられないだろう。

「……は…っ、やっと苦味、なくなった…」
「それは何より」