第21章 熱の在処
間近にある凪の濡れた唇を軽く舐めた光秀が、責めるような視線を受けて口角を上げる。眸をほんのり意地悪く眇めながらも、抱き締める腕は何処までも優しい。色んな事が一度に沢山起きた所為で、一瞬熱の事など彼方に忘れ去っていたが、少し落ち着いたらしい凪は小さく吐息を溢し、瞼を伏せて頭を光秀の胸へこつん、と預けて来た。
逃すまいとして凪を追い詰め、結局感情を吐露させてしまったが、彼女は現在体調不良真っ只中である。この状況下においては、少々苛め過ぎてしまった自覚のある光秀は、ふと片手を凪の額にあてた。
「…九兵衛も待ちくたびれた頃だ。薬を呑んで横になるといい」
「そういえば薬湯を用意してくれるって…………え?」
光秀のひんやりした手のひらの感覚と心地よさに吐息を零した凪は、男の口から至極さらりと溢された発言を耳にして自然と頷き、やがてたっぷりと間を置いた後、固まる。九兵衛さんが、何?そんな疑問を孕んだ視線をそろそろと持ち上げた凪に対し、光秀が真顔で言い切った。
「随分前から廊下で控えている。まあ熱い薬湯がちょうど火傷しない程度の温度になる位には、刻が経っているだろうが」
「そういう大事な事は早く言ってくださいよ…!!九兵衛さんに悪い事しちゃったじゃないですか!」
「まあ落ち着け、あまり興奮するとまた熱が上がるぞ」
「誰の所為ですか、もうっ…!!」
まさかあれやこれやを九兵衛に聞かれていたとは。とんでもない顛末に顔を赤く染めた凪が、胸板に預けていた頭を持ち上げて光秀へ文句を言い募る。しかし当の本人は何処吹く風であり、そしてそんな主君相手であってもスマートに対応するのが優秀な部下たる九兵衛であった。凪の熱を気遣い、頭をよしよしといった風に宥めた男が声をかければ、どれだけ控えていてくれたのだろう。湯気がすっかり失われた薬湯と水がそれぞれ入った湯呑みを乗せた盆を手にした九兵衛が、静かに畳の上へそれを滑らせる。
確かに薬湯は見るからに丁度良さそうな温度の具合だ。猫舌ではないものの、熱すぎては結局飲めないのだから丁度いい。