第21章 熱の在処
「……すみません、変な事言って。あの、熱でちょっとおかしくなってるみたいなので、私少し」
眠りますね────言葉を続けて煙に巻こうとした凪の様子を、光秀はしかし許しはしなかった。
「─────…俺が誰にでも優しいと、本当にそう思っているのか」
光秀の胸板から離れかけた凪の身体を引き止めるかの如く、肩を抱く腕に力が込められた。ほんの僅かだけ開いた距離をすぐに埋められ、落とされた言葉に凪の眸が見開かれる。男の声色の中に揶揄を探そうとしても、耳に馴染む彼の低音はただ真実を伝えているかのように平淡だ。ゆっくりと顔を上げた先、ぶつかり合った視線の強さに驚いた凪の目の奥が揺れる。このままずっと光秀と目を合わせていたら、自分の中にある感情の全てを見透かされてしまうような気がして、凪が咄嗟に顔を背けた。
「だ、だって、」
(私はそういう光秀さんしか知らないけど、きっと多分それは特別なんかじゃない)
今まで散々当たり前に享受して来た男の優しさを思い返せば、それは分かる。間者の疑いを晴らす事が出来た摂津への旅路、あの頃から何だかんだと時折意地悪を投げかけられつつも、光秀はいつだって優しかった。でもきっとそれは、見知らぬ時代へほとんど身ひとつで飛ばされて来た凪を憐れに思ったからで、中途半端なところで面倒を放り出すような人ではないからだと、心の中で納得させて来たのである。そうでなければ、知らずしらずの内に────自惚れてしまいそうになるから。
基本的に凪は人の目を見る。それは光秀もそうであるから、よく知っていた。だが、今の凪は光秀の方を見ないようにしているらしく、それが逆に特別な意図を持たせているのだと気付いていないのだろう。
戸惑いに震えた声がひどくいじらしい。先程、ほんの一瞬だけぶつかり合った目をもう一度見たくて、光秀は顔を背けている凪の紅い頬へ片手を這わせる。
「普段は臆せず目を見て物を言うお前が、こうも顔を逸らしたがるとはな」
眸を眇めて口角をそっと持ち上げた。わざと煽るような物言いをした光秀の声が意地の悪さを帯びた事に気付き、凪の肩が小さく揺れる。