第21章 熱の在処
触れ合っている箇所から伝わる凪の体温は未だに熱い。体力の落ちた状態で、しばらく身体を起こしているのも辛いだろうと考えた光秀が問えば、両手で湯呑みを持っていた凪は咄嗟に首を振った。
「…まだ、このまま少し起きてます。寝すぎも良くないですし」
湯呑みへ口をつける凪の返答を耳にし、光秀が微かに双眸を瞬かせる。てっきりさっさと離れたいと言うのかと思えば、そうでないという予想外の返答に若干虚を衝かれたのだ。しかし凪の場合、体勢を意識しないままでの返答という事もあり得る。故に光秀は凪が持つ湯呑みの中身を揺らさぬよう気遣いながら、そっと瞼を閉ざして唇を彼女の髪へ軽く寄せた。
「では、そうするとしよう。お前の気が変わらない内はな」
柔らかな声色で紡がれた男の言葉を耳にし、凪は湯呑みを持つ指先にほんのり力を込める。何の他意もなく、そのままで居ると告げてしまったが、よく考えるとこうして光秀に寄り添っていたい、と言っているようにも捉えられる事実に遅れて気付き、目元を赤らめた。しかし今更離れるのも不審がられる。相変わらず忙しない鼓動をこれ以上騒がせない為にも、何とか意識を逸らそうとした凪は湯呑みに視線を落とした状態で口を開いた。
「そ、それにしてもびっくりしました。光忠さん、料理上手なんですね」
「あれは幼少の頃から自分の事は自分でするように、と厳しく父君に躾けられていた。その影響だろう」
「へえ…そうだったんですか。今度何かお礼しなきゃ」
「光忠は明後日には一度安土を発つ。引き継ぎが終わるまで、しばらくは戻って来ないだろう」
「…あ、そっか。留守居の引き継ぎ…でしたっけ。じゃあ次はいつ戻って来るんですか?」
普段ならば他愛のない話を幾らでも振る事が出来るというのに、今は妙に光秀を意識してしまって、丁度いい話題が思いつかない。先程食した粥の盆へ視線を投げた凪が、都合が良いと持ち出したのが光忠の話題だったのだ。
あくまでも自然に、と心がけて話を続ける凪の、何気ない問いかけを耳にした光秀はふと口を噤む。