第21章 熱の在処
些かむっとした調子で紡がれた言葉に対し、光秀が笑う。からかわれていると分かっているにも関わらず、声色がやけに甘さを帯びている所為で、つい勘違いしそうになるが、餌付けだ何だと言われるのではと考えた凪が文句を溢したかけたところで、再び匙が差し入れられる。料理に罪はないとして、口内へ運ばれた粥を咀嚼する合間、何処か含みを持たせたようにくつりと喉奥で小さく笑みを溢した男が囁いた。
「さあ、自分で考えてみろ」
耳朶を撫でる低い声色に心臓がどくどくと跳ねる。こうして凭れかかっている光秀に、その脈動が響いて知られてしまうのではないかと懸念する程、凪の中は忙しない。翻弄されている、それが分かっていて、拒絶出来ない自分が何となく悔しい。
「からかってるだけのくせに」
拗ねたような声しか出せない自分が恥ずかしく、差し入れられる前に、凪が運ばれる匙をぱくりと自分から含んだ。何の仕返しにもならないその行為はしかし、光秀の手をほんの僅かに止めさせる。柔らかく暖かい粥を咀嚼しながらそっと相手を窺えば、ばちりと視線がぶつかり合った。先程まで浮かべていた笑みが消え、何故か光秀の方が憮然とした表情をしている事を怪訝に思った凪が首を傾げれば、匙が再び動き出す。
「…無理矢理全てを食う必要はない。満たされたならそう言え」
「分かりました。あともうちょっとだけ食べます。お薬に胃が負けても困りますし」
「そうか」
差し入れていた匙が唇付近へ近付けられた。それをまたぱくりと食べる凪へ穏やかに声をかけた光秀が、椀の中身が半分程になった事を確認する。何事も体力回復には食事が一番であるし、空腹時に薬を飲むと本当に胃が荒れる事もあるのだ。然程強い成分のものではないだろうが、用心するに越した事はない。そうして土鍋からよそった椀一杯分を食べ終えた凪は、そこで満たされた旨を伝えて食事を終えた。空になった椀と匙を盆へ戻した光秀は、白湯を湯呑みに注いでそれを凪へ手渡してやる。
「ありがとうございます」
「少し落ち着いたら薬湯を用意させる。身体が辛いようなら、一度横になるか?」