第21章 熱の在処
光秀の口元が微かに綻ぶ。目元がそっと柔らかく眇められ、穏やかに笑む姿は贔屓目なしにとても綺麗だが、紡がれた音に凪の心が小さく軋んだ。これまで何度も耳にして来た筈の単語達が、妙に鋭く彼女の胸に刺さって行く。
(光秀さんにとって、私はそういう子供みたいな扱い。それは今までも、多分これからもずっと変わらない)
納得してしまった傍らで、胸の奥底が鈍く痛んだ。じんわり広がるその痛みも、いつかきっと何事もなかったかのように溶けて消えてくれるだろう。
(言葉通り光秀さんは家主で、護衛。だからこんなに優しいんだよね。元々、根も優しい人だし)
自らの心に言い聞かせるようにして、凪はうん、と小さく胸中で頷いた。この関係は護衛と護衛対象という名目が続く限り変わらない。だから、今まで通りにすればいい。無理矢理納得した後で、凪はいつもの如く眉根をぎゅっと寄せた。普段の自分なら、仔犬とからかわれて怒るのだから。そうしなければ、勘の良い光秀に気付かれてしまう。故に、凪は普段と変わらぬ様で顰め面を作った。
「もう、仔犬扱いはやめてください!大人しく寝てればちゃんと治りますから」
唇にあてがわれた人差し指をぐい、と押しやる。そうして不服そうな声を出して凪は文句を告げた。不貞腐れた振りを装い、くるりと背を向けて瞼を閉ざせば優しい手のひらが髪を撫ぜる。大きな手のひらの感触が心地良いと思う反面、複雑な想いを隠せそうになかった凪は、ただ背を向けた状態で褥の中、小さく身を丸めた。
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光忠が作った粥を部屋へ運んで来たのは、本日非番である筈の九兵衛である。そもそも九兵衛自体、主君である光秀に似てしまったのか、あまり非番をこれといった私用に当てる事がなく、結局何やかんやと色んな雑事をこなしてしまう為、あまり休みらしい休みを取る事が少ないらしいのだが。ともあれ、光忠は粥を完成させた後、光秀に命じられた通り御殿を後にし、自身が数日過ごしている宿へ戻ったらしい。
言伝として、お大事に、と残してくれたとの事だが、それはおそらく九兵衛が気を利かせて言葉を変えて伝えてくれたと思われる。