第21章 熱の在処
含みを持たせた男の言葉に、つい胸中で光忠への愚痴を漏らした彼女は、上手い言い訳を考えようと必死に思考を巡らせる。
「な、何でもないです!同じ体勢でずっと寝てたから、つい身体が反応して…!」
「そうか、俺の顔を見て咄嗟に転がったように見えたが、どうやら勘違いだったらしい」
「か、勘違いです…!特に理由はありませんっ」
かなり苦しい言い訳だが、まったく無いとは言い切れない。凪が必死に言い募る様をしばし観察し、瞼をふわりと伏せた光秀が口元に微かな笑みを浮かべつつ言えば、彼女は全力で肯定を示した。こくこくと数度頷いて見せた所為で、熱の上がった頭が揺さぶられ、くらりとした感覚に凪が一瞬眉根を寄せる。その微細な変化に気付いた男が笑みを消し去り、凪の側頭部へ片手を添えた。
「あまり不用意に頭を動かすな。目眩が起きたらどうする」
「…う、すみません…」
乱れた髪を男の指先が優しく梳く。あまりに自然な所作故に、普通に受け入れてしまった凪が、抵抗の出来ない理由を全て熱の所為にして小さく謝罪を紡いだ。よく考えれば、光秀が日中御殿に居て文机に向かっていない姿を見るのは稀である。早朝から仕事はしていたのだろうが、それでも凪の文机の上にある書簡は沢山溜まっている状況だ。自分の所為で、光秀を少なからず煩わせてしまっている事実を思い知り、凪は軽く顔を俯かせる。
「……光秀さん」
「…ん?」
優しく髪を梳き続ける男の手が心地良く、顔を俯かせたままで瞼を閉ざした凪が小さく名を呼べば、光秀が穏やかな相槌を返した。
「忙しいのに、お仕事の手を止めさせるような事しちゃって、すみません…お薬飲んで寝てれば良くなるので、後はもう」
大丈夫ですから、と続けようとした言葉は音に出来ず、飲み込まれる。髪を撫でていた大きな手、その人差し指をぴんと立て、凪の口元へそっとあてがわれた。
「余計な心配は無用だ。臥せった仔犬の介抱も、飼い主の務めだろう」
(……飼い主と、仔犬)