第21章 熱の在処
光秀と二人きりになるのは難易度が高いと思い、光忠に残って貰えるよう頼み込んだ凪だったが、ある意味光忠らしいフォローの容赦の無さについ内心で突っ込んだ。しかしこのままでは、様子を見ているように命じられたという光忠が責められる形になってしまう。故に、凪は光秀の誤解を解くべく身を反転させ、適当な言い訳を並べようとほとんど見切り発車で光秀へ向き直った。が、その刹那、光忠が狙ったように口を開く。
「ところで光秀様、もうすぐ昼餉刻となりましょう。凪へ薬を飲ませるにも胃の腑に何か入れねばなりませぬ。お許し頂けるのならば、私が粥でもお作り致しましょう」
光忠は自他共に認める健康オタクである。その光忠が作る粥ならば、凪の滋養にも良いだろう。食からの健康な身体作りに関しては、散々黒豆を食わされて来た光秀が嫌と言う程に知っている為、しばし思案したのち、男は重臣の申し出に頷いた。
「ではお前に任せるとしよう」
「ありがとうございます。では、しばし厨をお借り致します」
そう言って丁寧に頭を下げ、丁度光秀側へ体勢を向き直したばかりの凪に視線を向けると、そっと口角を持ち上げる。つまるところ凪がフォローに入らずとも、光秀からの追及は己の力で切り抜けられる、という事である。ほんの一瞬浮かべただけの笑みを消し去り、静かに立ち上がった。部屋を立ち去る際、光秀からの声がかかり、それを半ば予想していたかの如く光忠が足を止めて振り返る。
「用意を終えたらお前はもう下がれ。長居をさせたな」
「…いえ、御役目ですので」
凪に元々断りを入れていた通り、光忠の予想に違わぬタイミングで告げられた主君からの言葉を受け、瞼を伏せた。緩やかに笑んだ後、常の平淡な調子で応えた男は、そのまま光秀の部屋を後にし、後ろ手で襖を閉ざす。
「………さて、凪。俺に何を訊かれるかは、分かっているだろう」
(よりによってこんなタイミングで出てく事ないのに!光忠さんの裏切り者ー!!)
光忠が立ち去った室内で、ゆっくりと自身の方を向き直った光秀が、ちょうど彼の方へと身体の向きを変えた凪へ視線を流した。