第21章 熱の在処
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光忠により衝撃的な事実を明かされた後、色んな意味で熱を上げた凪は今やすっかり寝込んでいた。火照った頬をそのままに、仰向けのまま褥へ横たわっている凪の額へ濡れた手拭いを置いた光忠は、さすがにこのタイミングで明かすべきではなかったか、と内心で仄かな罪悪感を抱く。結局、凪の言い分が本当だとするならば、二人は情を交わしてはいない。では縁側で昨夜見た光景は一体何なのか。一夜の過ちなど光秀に限って犯すとは到底思えず、本当に口付けを交わしただけかもしれないと考え至った彼はしかし、これ以上の質問を凪へ重ねる事を憚った。自らの所為で熱を悪化させる訳にもいくまい。力なく褥に臥す凪の様子を見れば心底辛そうであり、余程非情な人間でもない限り、同情心を抱かずにはいられないというものだ。
もうすぐ光秀が御殿を出て半刻が経とうとしている。元々多忙な主君故、すぐに用件が済むとも思っていなかったが、凪の食事はどうするべきであろうか。枕元にある水差しと湯呑み、そしてその傍に置かれた薬包を見る限り、家康によって薬を処方されたのだろう。胃の腑に何かものを入れてからでなければ、薬に胃が負けてしまうと考えた光忠は、いっそ厨を借りて自分が作るかと考えたが、そうなると彼女を一人部屋へ残す事になり、命令を完遂出来ない。仕方なく御殿勤めの家臣を呼び、昼餉を用意させるかと考えていたところで、廊下の向こうから近付く気配に気付き、伏せていた瞼を緩慢に持ち上げた。
静かに襖が開かれ、閉ざされる。微かに畳を踏み締める音が届いた拍子、背後からかけられた低音へそっと振り返った。
「変わりはないか、光忠」
「お帰りなさいませ、光秀様。先程よりまた少し熱が上がったようです。……解熱薬を飲ませた方が良いかもしれませんね」
「…そうか」
光忠が折り目正しく礼の姿勢を取りつつ、状況を報告する。実に心苦しい事ではあるが、昨夜の件を話した所為で、更に熱が上がったとは光忠とて容易に口には出来なかった。