第21章 熱の在処
光秀に続いて路地裏から出て来た九兵衛は、主が向けている視線の先を辿り、何処か納得した様子で口元をほんの僅かに綻ばせる。
「家康様のお薬湯は、きっととても苦いと思いますよ」
「……そうか」
光秀が見ていたのは、よく秀吉や蘭丸が使いに来るという菓子屋だ。一体誰の使いで訪れているかというのは、推して知るべし。南蛮からの輸入品を扱うその店は、一般的な焼き菓子や米菓子とは異なる種類のものを多く取り扱っている。店主のはからいで一般庶民にも比較的求めやすい価格ではあるものの、やはり仕入れ値の関係もあり、普通に見れば高価である事に変わりのないそこは今や、一部の裕福な商人や豪農、あるいは安土城の御用達となりつつあった。
九兵衛の言葉を受け、小さく相槌を打った光秀は、自らでは決して足を向けないその店へ行き、並べられた品々を見下ろす。そうして店先の少し奥の棚に見えた、小さな細工のされた有平糖(ありへいとう)を視界に入れると店主を呼んだ。
「いらっしゃいませ!…こ、これは明智様!何をお探しでしょうか」
奥からやって来た店主は光秀が店先に居る事に大層驚いたらしく、皺の寄った目元を大きく見開きながら慌てて近付いて来る。商談や品物の卸値の関係で城にも度々出向く店主は、当然武将の顔もよく見知っていた。しかし、光秀の姿は城内で見かける事はあっても、店にやって来るという事はなかった為、こうしてとてつもなく驚いているという訳だ。店主の反応はさして気にした風もなく、光秀は先程見つけた有平糖へ視線をやり、短く告げる。
「その棚にあるものを貰おう」
「こちらの有平糖でございますね」
「ああ」
店主は光秀が視線を投げている先を察し、そうして商売人らしい愛想の良い笑みを浮かべた。棚の上から白い紙に数個乗せられた有平糖を下ろし、確認してから丁寧に包む。小さな巾着へ、紙で包まれたそれを入れ、光秀へ両手で差し出した。
「お待たせ致しました。この時期は少々溶けやすいので、お早めにお召し上がり下さいませ」
品物を受け取ると共に銅銭を渡し、また来ると告げた光秀は、店主に見送られながら小さな巾着を袂にそっと忍ばせる。一連のやり取りを後方で見守っていた九兵衛は、主君のその行動を何処か暖かく見守りながら、些か足早に戻るその後へと続いたのだった。